第3話
〜アルマト王国 北部トルメイン領〜
ざわざわとした喧騒と酒の匂いに包まれた建物の看板には大きな文字で『冒険者ギルド』と書かれていた。
人の命を脅かす凶悪な生物である一方、得られる素材は人々の生活を支えている魔物。冒険者ギルドはそんな魔物を討伐する冒険者を管理するための組織だ。
そこに併設されている酒場では、今日も一仕事終えた冒険者たちが酒盛りをしていた。
「なぁ、近頃樹海に出現する赤いゴブリンの噂知ってるか?」
「赤いゴブリン?オーガじゃねぇのか?」
酒場のカウンター席で並んで座っている若い2人の男が話していた。
2人の手にはエールが並々に注がれた木製のジョッキがあり、食べかけの料理がテーブルに並べられている。
彼らは冒険者の中でも中堅にあたるC級冒険者で、珍しくソロで活動している者たちだ。アルマト王国の北に広がる巨大な樹海、ルバーヌ樹海をメインに活動しており、1人で活動しているゆえに樹海に関する情報には非常に敏感である。
そんな彼らの今日の話題はここ数日の間に確認された赤いゴブリンだ。
「まぁ、そう思うよな。だが、聞いた話だとオーガみたいに角が生えてるわけじゃねぇし、何より背丈がゴブリンよりちょっとデケェくらいだそうだ。」
「…………ってなると、新種のゴブリン…………か?」
「んー?どうなんだろうな。噂じゃあ、ただのゴブリンで、赤いのは全部返り血って説もあるらしいぞ?」
「なんだそりゃ。ただのゴブリンが返り血塗れになるまで樹海の魔物殺せるわけねぇだろ。」
彼ら冒険者だけでなく、人類共通の認識がある。それは”ゴブリンは雑魚である”ということだ。魔物が成長し、知恵をつけた通常では考えられないほどの力をもつ
ゆえに噂を聞いた者たちは、例のゴブリンが赤いのは返り血によるものという話は眉唾物だと切って捨てていた。
「俺もそう思う。1番ありえるのは”変異種”の可能性だな。」
「”変異種”だとしても所詮はゴブリンだろ?どうせすぐ討伐されんだろ。」
「あー、それなんだがな…………どうやら領主様が赤いゴブリンに興味を持ったらしくて 、騎士団を率いて生け捕りにするらしいぞ。」
「はぁ!?まじかよ?…………たかがゴブリンのために騎士団駆り出すのかよ。」
「あぁ。もしかしたら赤いゴブリンの位置を調査するクエストが出されるかもな。」
「領主様からの依頼だったら報酬も期待できそうだな。」
2人は出されるかも分からない依頼の報酬を想像し、顔を綻ばせていた。
彼らの夜はまだまだ始まったばかり。空になったジョッキを再び満たし、さらに語り合っていくのだった。
〜ルバーヌ樹海 南部〜
俺が先輩ゴブリンを撲殺してからどれ程の時間が経っただろうか。
あの日から俺は、目についた生き物を手当たり次第に殺し、食らっていた。具体的には角の生えた兎、群れで襲いかかってくる狼、鋭利な角をぶん回してくる鹿、豚のような頭に3メートルはあるだろう巨体をもつオーク、そして同族のゴブリン。他にもコウモリだったり、やたらデカい虫だったり色々なやつを相手に戦っていた。
最初のうちは生き物を殺すことに対する忌避感だったり、生の肉を食らうことに対する嫌悪感が拭えなかったが、2、3週間もすれば慣れてしまった。
おまけにこの森の奴ら、血の匂いを嗅ぎつけてか、ひっきりなしに襲いかかってくる。そのせいで嫌でも戦闘能力が向上してしまった。特に奇襲に対しては敏感だ。殺気って言うのかな?それがなんとなくだが分かるのだ。
ぶっちゃけた話、俺の肉体はすでに限界を超えている。筋肉がブチブチと嫌な音を立てようが、骨がミシミシと軋んでいようが、常に命を狙われている環境では、そんな泣き言なぞ言ってられない。無理に体を動かしてでも、なんとかして目の前の獲物を殺すことしか頭になかった。その成果とも言うべきものが敵の殺し方だ。どうすれば効率良く殺せるのか。どこが相手の弱点なのか。それが分かるようになってしまった。
今となっては敵の効率的な殺し方、殺気の感じ取り方、これらのおかげで森の奴らを殺すのは戦いではなく、俺が成長するための作業と化している。
決して俺が望んだ力ではない。だが、俺が生きるために、俺の望みを叶えるためには絶対に必要となるものだ。
と、ちょうど目の前にゴブリンがいた。同族ではあるが、すでに何十という数を殺してきた。今更、躊躇いも何も無い。
そしてそれだけ殺してきて分かったことがある。それは…………ゴブリンがとてつもなく弱いということだ。まぁ、弱いというか打たれ弱い。膂力はあるのだ。でなければ、俺はここまで生き残ってない。ゲームで例えるなら攻撃力はそこそこあるけど、防御力がゴミカスってとこだろう。性能はピーキー、知能は猿よりはあるかな程度。1番の武器は繁殖力じゃないのかなって思う。ゴブリンってゴキブリ並みにいるから。
そんなゴブリンの殺し方は単純だ。せっかく目の前にいるのだ。実践しながら説明してあげよう。
俺は気配を殺し、ゴブリンの背後に忍び寄った。俺はこの森での生活でだいぶ隠密行動も身についたと思う。まぁぶっちゃけゴブリンであれば、バレようがバレまいが関係ないのだが。結局のところ殺せればいいのだ。
そして、ゴブリンの背後に立った俺はずっと愛用している棍棒を頭目掛けて振り下ろした。この時重要なのは、躊躇わないことだ。変に躊躇うと狙いがズレるし、反撃される危険が残る。思い切り棍棒で殴れば、ゴブリンは死ぬか気を失う。気を失ったのなら死ぬまで殴る。今回はちゃんと一発で死んでくれた。
では、次のステップに行こうか。殺したあとの死体をどうするのか。答えは食すだ。
まず食べやすいように腕と脚を捻ってバラしていく。関節を意識してバラしていくとスムーズだ。最初の頃はグロテスクな光景に吐き気が止まらなかったが、成長のため、生きるためと言い聞かせて頑張った甲斐あって、今ではスムーズにゴブリンを達磨にできている。大して嬉しくない。
バラしたあとは骨に気をつけながらモシャモシャと食うだけだ。うむ、相変わらず不味いな。吐きそう。
こうして食べてる時に限って邪魔者が来るんだよなー。まぁ、食べながら殺すんだけど。今日は狼?犬?よくわからんけど犬っぽいやつが来た。コイツらよく群れでいるからめんどくさいんだよなぁ。
俺は即座に棍棒を握り、食べていたゴブリンの腕を咥えながら、犬っころに対して構えた。コイツらも基本的に弱い。速さはあるけど打たれ弱いのだ。動きも直線的だからタイミングを合わせて殴れば一発だ。ただある程度成長したやつは正直面倒くさい。速さが段違いな上に頭も回るため、フェイントなんて小賢しい真似をしやがるのだ。まぁ、慣れれば弱いんだけどね。
俺の前に現れた犬っころは珍しく一匹だ。体の傷が目立つことから群れからはぐれたのだろう。まぁ、容赦なく殺すのだが。俺は普段通り構えて犬っころが動くの待つ。コイツらに対してはゴブリンと違って、真正面から戦うよりカウンター勝負を仕掛けたほうが楽だ。俺が動かないことと空腹を前に焦れたのか、犬っころは俺ではなくゴブリンの死体の方へ走り出した。不意を突かれた俺だが、反射的に犬っころの動きの軌道に棍棒を振った。
”バキッ!!”
頭蓋骨が割れる嫌な音と共に顔の潰れた犬っころはフラフラなりながら倒れ、絶命した。
ゴブリンの肉を啄みながら、犬っころの死体をゴブリンと同じ要領で達磨にしていく。犬っころはゴブリンよりはマシ程度の味だ。ていうか、基本的にこの森の奴らは不味い。地味に1番美味い?のは虫という謎現象が起こってやがるしな。
俺はゴブリンと犬っころを平らげ、新たな獲物を探し、血塗れの体を森の闇へと隠していった
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