第14話 猫吸い


 俺はもうろうとした意識の中で、言われた通り大きく息を吸った。

 鼻先にくっつけられたミャロのおなか。


「あ、もうパワーが……消耗して……」


 とミャロが言ったかと思うと、ミャロはポムッ! という小さな音とともに黒い子猫へと戻った。

 つまり今俺がどういう体勢にいるかというと、畳の上に倒れていて全身血まみれ、頭蓋骨は解放骨折。その俺の顔に子猫がはりついているのだ。


 なにかの冗談か、これ?

 しかし、冗談ではない証拠に、俺の全身は撃たれた痛みでジンジンとしびれ、あ、もうだめだ……最後にひと呼吸を……。


 すーーー。


 息を吸う。

 猫特有の、甘い臭い。

 ミャロのおなかは、あたたかった。

 体温がじわーっと伝わってくる。

 ぽかぽかして、あったかい。

 くんくん。

 匂いを嗅ぐ。

 その甘い香りは俺の心をいやしていく。

 獣臭くはない。

 っていうか臭くないな、ちゃんとシャワーあびさせたからかな。

 なんていうか、ぽかぽかのおひさま、あったかくて甘いミルク、そしておんなのこ。

 それらが混じりあった、とても安心感のある香りだった。


 くんくん。


 気持ちがいい。

 全身から痛みが消えていく感じ。

 それどころか、全身に力がみなぎっていく感じ。

 あ、俺これを知っているぞ。


 ダンジョンの中。

 ダンジョン内の空気をしばらく吸っていると、こんな感じで全身に力が満ちて、そしてスキルが使えるようになるのだ。


 くんくんくん。


 そっか、これがミャロの、あの女の子の匂いかー。


 くんくんくん。


 猫の匂い、女の子の匂い。

 いつまでもこのままでいたい。

 いい匂い、あったかい、幸せ、このまま死んじゃってもいい……。


 くんくんくん。


 ん?

 なんか、でも……。

 ほんとに、おかしい。

 ここは地上なのに。

 身体が魔法力に満ちてきている。なんだこれ? 魔法を使えるような気までしてきた。

 ダンジョン内でなければ決して使えない魔法。

 地上でつかえるわけがない。

 でも……。


「にゃが!」


 パッとミャロが俺の顔から離れた。

 そして、


「ミャオミャオミャオ! にゃにゃにゃ! ミャーオ!」


 なにかを俺に話しかけているみたいだが、理解できない。

 おいおい、人間の姿にもどってから喋ってくれよ……。

 もうしょうがないなあ。

 あれ、頭が痛いな。

 うーん、もう意識を失いそう。

 やばいやばい、さようなら。

 あれ、ここどこだっけ、ダンジョンの地下何階だ?

 モンスターにやられたんだっけ、ほかのメンバーはどうなった?

 多香子は無事か?

 西村は死んでいてくれるとむしろ嬉しい、いやでもあんなんでも俺らのリーダーだからな……。

 ほかのみんなは……?

 いや俺も死ぬなこれ。

 でも最後にダメ元でさ治癒魔法かけとくか……。


「慈愛の女神の心の星よ、星の光で傷をふさげ、痛みを飛ばせ! 治癒ヒール!!」


 そのとき、奇跡が起きたのだった。

 ダンジョン内でしか使えないと言われた特殊なスキル、俺はそれを地上でついに再現してみせた、最初の人類になったのだ。

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