第三一話
「まだか、まだか!?」
膠着した戦況を険しい顔で睨みつつ、勇斗は唇を噛んでいた。
敵は決して馬鹿ではない。
長槍隊とまともにぶつかり合うことを避け、前線は防御に徹し、その後ろから弓で攻撃するという戦術に切り替えてきていた。
少しずつではあるが、《狼》の兵にも被害が出始めている。
無論、こちらの被害以上の損害を相手に与えてはいるが、このまま消耗戦になれば兵数で劣る自分たちがやがて苦境に陥るのは目に見えていた。
「お兄様、左翼の《角》の部隊が、チャリオットの急襲を受けております!」
「やはりこちらの弱点に気づいたか!」
フェリシアの報告に、勇斗は唸る。
おそらく相手にとっては初めて見る特異な戦術だったはずだ。
それをこの僅かの間にこうもあっさり長槍隊の弱点を見抜き、的確についてくる。
混乱を瞬く間に収束させ、たちどころに反撃してきた手腕も実に見事だった。
まったくもって敵の大将は非凡と言わざるをえない。
実に面倒くさく、戦いづらい相手だ。
「だが……化かし合いは俺の勝ちだったようだな? まあ、チートのおかげだけど」
勇斗はニヤリと口元をほころばせる。
先に上げた孫子の虚実篇には、その前にこういう文章も載っている。
『能く敵人をして自ら至らしむる者はこれを利すればなり』
つまり、来て欲しいところに敵が自ら進んでやってくるようにしたければ、利益を見せびらかせばいいのだ、と。
散々、長槍隊の脅威を見せつければ、そしてその弱点に気づけば、そこを叩きに来ることはわかりきっていた。
それも、この時代最強を誇るチャリオット部隊で、だ。
ならば、そこに罠を張ればいい。
戦はいかに相手の士気を落とすかが肝要だ。
相手の最も頼みにしているものを完膚なきまでに打ち砕く。それが最も精神的な衝撃が大きい。
頼みの綱を失えば、いかな一万の大軍でも烏合の衆に成り下がるだろう。そうなればもう《狼》の敵ではない。
「さあ、出番だぜ、ルーネ。食い散らかせっ!」
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