第三〇話
「凄い! この戦、勝てるぞ!」
先陣を切る《狼》の快進撃に、リネーアは喝采をあげた。
あの長槍隊には彼女もさんざん手を焼かされたものだ。
その脅威は彼女が一番身を持って知っている。
ゆえにこそ、これほど頼もしい味方もなかった。
「敵左方より襲来!」
「来たか!」
ぶるっと身体が震える。
ここ最近、自分の率いる軍は敗北続きだ。
自分の指揮で大丈夫なのかと弱気の虫が鳴き出すも、こんなことではいけないと自らを奮い立たせた。
事前にリネーアは勇斗から長槍隊が側面攻撃に弱いということを伝え聞いていた。
まだ妹分になって日が浅い自分にそのような重大なことを教えてくれる兄貴分の器の広さに感銘を受けたものである。
兄の心意気に応えたい。
そう、固く心に誓っていた。
「う……あ……っ!」
だが、そんなものは敵の威容を見た瞬間に吹き飛んでしまった。
リネーアとて何度となく戦場を経験している。
長槍隊と対峙した時においても、その心は憎悪に燃え上がることはあってもここまで恐怖にすくむようなことはなかった。
人の数倍の体躯を誇る馬の大群が、地響きさえ響かせて押し寄せてくる。
その圧倒的な巨大さが、本能的な恐怖を無理やりに呼び起こすのだ。
それは自軍の兵士たちも同様のようだった。
砂塵を巻き上げ疾駆するチャリオット部隊に、あからさまに腰が引けていた。
「こらえろ、ふんばれ! 彼らを抑えれば我らの勝ちだ!」
リネーアも必死に声を張り上げるが、兵の心には届かない。
《角》の兵達は完全に恐慌状態に陥っていた。
すでに戦う前から負けていた。
「うあああああっ!!」
「ひいぃぃぃぃっ!!」
激突すると同時に、前線から悲鳴が上がった。
チャリオット部隊はその突撃によって前線をいとも簡単に蹴散らし、抵抗などまるでないかのように《角》の軍を真っ二つに切り裂いていく。
中でもとんでもないのが、先頭に立つ巨漢だ。
長大な槍を自由自在に振り回し、まさに鬼神もかくやという戦いぶりで《角》の兵士たちを薙ぎ払っていく。
その戦いぶりに呼応するかのように、《蹄》の兵たちはますます士気を高め、地鳴りのような鬨の声とともに切り込んでくる。
「あっ……あんなのに勝てるわけがないっ!」
絶望に、リネーアの歯がカチカチと鳴った。
自分が死ぬことよりも、皆を護る力がないことが悔しかった。
持てる力の限りを尽くしているのに、現実は無情に彼女の無力を白日の下に曝け出す。彼女の愛する子や孫たちが、次々と物言わぬ骸と化していく。
「助けて……みんなを助けて、兄上っ!」
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