第二八話
ぶおおおおおお! ぶおおおおおおおお!!
「くっ! またか!」
すっかり聞き慣れてしまった角笛に、ユングヴィは憎々しげに吐き捨てる。
おちおち寝てもいられない。
最初の襲撃から、すでに三日三晩に渡ってユングヴィたち《蹄》は騎馬部隊による断続的な奇襲を受け続けていた。
仕掛けてくるのはいつも夜だ。
闇に紛れて襲ってくる。
敵もこちらも警戒していることはわかっているらしく、二度目からは初めの時のように陣深くまで切り込んでくるということはなかった。
砂塵を巻き上げいずこから現れたかと思えば、馬を駆けさせながら弓を次々と射放ち、すぐさま反転して去っていく。
それは今回も同様だった。
ユングヴィが視線を向ける頃にはすでに退却を開始しており、まもなくして夜の闇へと消えてしまう。
「臆病者どもめ! ちょこまかとすぐ逃げ出しおって。正々堂々と戦わんか!」
苛立ちに任せ、ユングヴィは近くにあった木の幹を蹴りつけた。
それでも怒りは収まらず、ダンダンっと地団駄を踏む。
全方位からの奇襲に対処するため、二日前からはユングヴィを中心として円を描くように兵で囲む陣形――日本風に言うなら方円陣形――を取っている。
その甲斐もあり、被害自体は極めて軽微ではあったが、攻撃が続くにつれ、《蹄》の兵たちの士気の低下が目立つようになっていた。
いつどこが襲われるかわからない恐怖、気を抜くことが許されぬ常なる緊張状態、ろくな反撃がかなわず一方的に攻撃されるもどかしさは、人の心を容易に疲弊させる。
とは言え敵が近くにいることはわかっているのだ。
警戒を解くわけにもいかない。
もしこちらが緩んでると見てとるや、敵は好機とばかりに最初の時のように攻め込んでくるのは目に見えている。
斥候も出して警戒はしているのだが、この夜の闇ではなかなか敵の発見は困難だった。
そしてなにより、とにかく敵が迅すぎた。
昼間は視界がいいため敵が攻めてくることはないが、夜襲に疲弊した兵を休めるためどうしても休憩を多めに取らざるを得なくなる。
また方円陣形も奇襲には強いが移動にはあまり適さない陣形だ。
《蹄》の進軍速度は目に見えて落ちていた。
まさに勇斗の狙い通りの状況だった。
一万を誇る《蹄》の軍勢が、今やたった一〇〇の騎馬に完全に翻弄されていた。
「ようやく夜明けか」
東の空が薄赤く染まるのを、ユングヴィはまんじりともせず見つめる。
予定から大幅に遅れはしたが、この調子なら昼前にはようやくフロージに辿り着く。
《角》の本拠地を攻められれば、あの忌々しい騎馬部隊も今までのような嫌がらせに終始するなどという悠長なことはしていられまい。
その時にはこれまでの恨みもこめてなぶり殺してくれる。
そう心に固く誓い、ユングヴィは天幕に戻り目蓋を閉じる。
夜通し警戒を強いられ、ろくに眠っていない。
兵たちも寝不足では力を発揮できまい。万全に万全を期すのがユングヴィの流儀だった。
疲労もあってかまどろみはすぐに訪れ――
ぶおおおおおお! ぶおおおおおおおお!!
再び鳴り響く角笛に、叩き起こされる。
この三日間、襲撃は夜からだっただけに、すっかり油断していた。
だが、敵がこちらの思う通りに動いてくれる道理はない。
自分の甘さに腹が立った。
その苛立ちをぶつけるように、ユングヴィは叫ぶ。
「今度はどこだ!?」
「フロージの方からです! 騎馬部隊ではありません! 敵の数は軽く三千は下らないかと。おそらく敵の本隊かと思われます!」
「そっちか! くっ、陣を密集陣形に切り替えるぞ。急げ!」
慌ててユングヴィは指示を飛ばす。
方円陣形は全方位への奇襲にはめっぽう強いが、一点からの攻撃にはひどく脆い。
こんな状態で敵の本隊と戦えば被害は甚大である。
《蹄》の兵は練度も高く、また小隊長たる将校たちも選りすぐりの有能どころを揃えてある。
普段であれば瞬く間に陣を整え直せていただろう。
だが今の《蹄》の兵達は、夜明けによりこれで休めると緊張の糸がぷつんと切れてしまっていた。
寝不足による疲労、そして士気の低下がそれに追い打ちをかける。
遅々として陣形の再構築は進まず、もたもたしているうちに敵の本隊が鬨の声とともに砂煙をあげて突っ込んできた。
こうして、《蹄》
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