第一六話
「……何のようだよ?」
扉を開けると、ぶすっとした声が勇斗を出迎えた。
不機嫌さを隠そうともしていない。
この城内で、彼にこんな態度を取る者はおそらく彼女ぐらいだろう。
正直、勇斗としてはへつらわれることに辟易しており、むしろ身の丈にあってる感じで心地よくすらあった。
「未来の妹分の顔を見に来ちゃ悪いか?」
「悪い」
「そりゃあすまなかったな」
思わず勇斗の口から苦笑が漏れた。
先程リネーアの件を耳にしたのでなんとなく様子を見に来たのだが、どうやらあまり機嫌はよろしくないようだった。
「何か不便してないか? 必要なものがあるなら届けさせるぞ?」
捕虜とは言え、リネーアは《狼》にとって重要な来賓である。
良好な関係を築く上でも出来る限り便宜を図ってご機嫌をとっておきたいところだった。
実際にその辺りを手配するのは彼の後ろに黙って控えているフェリシアだが。
リネーアを監禁しているこの部屋は、城の一角にある来賓用の個室だ。
ぱっと見、掃除は行き届いており、家具などもけっこうちゃんとしたものを取り揃えている。
机の上のカゴには色とりどりの果物が山盛りに積まれてもいた。
リネーアが葡萄を一粒口の中に放り込み、もぐもぐと口を動かしつつ言う。
「足りないものはないよ。けど、邪魔ならものならある」
「ふむ、じゃあ運び出させよう」
「そうか、ならさっさと部屋を出て行って。ついでに出入り口にいる門番もどかしてくれないかな?」
「そりゃあ難しい相談だ」
小さく吹き出しつつ、勇斗は肩をすくめる。
《狼》としては誓盃式が終わるまで彼女の身柄は絶対に手放せるものではない。
とは言え、ずっと部屋の入口に張り付かれ、ときおり中の様子をうかがわれるというのは、気持ちのいいものではないのもよくわかったのだ。
「いや、待てよ、そうだな。出入り口を見張るのを侍女に変えるぐらいはできないか?」
ふっと思いつき、口にする。
異性に監視されるよりは同性のほうがまだいくぶん気分的には楽になるだろう。
勇斗がフェリシアに目を向けると、彼女もコクリと頷く。
「それは可能かと。もちろん少し離れたところに衛兵はちゃんと配備させてもらいますが」
「うん、じゃあそれで頼む」
「承りました」
「……それが噂の紙か」
ぼそっとリネーアがフェリシアの手元――メモ用紙を見ながら呟く。
すでに《狼》の宮殿内ではこういうちょっとしたことを書き留めておくことにも使うぐらい紙は普及していたが、まだまだ他国の人間には物珍しい代物だった。
「はい、とても便利な道具です。お兄様に感謝ですわ」
葦で作ったペン――これも勇斗がネットで作り方を調べてきたものだ――を紙に疾らせつつ、フェリシアは微笑む。
二年前まで使用していた粘土板や木片だと、重いしかさばるしで持ち歩くにも一苦労だったのだ。
「……ユウト殿はボクとそう年は変わらないのに、ほんと凄いな」
「いきなりなんだよ?」
さっきまで悪態ついていたくせに、と何か裏があるのではないかと勇斗はいぶかる。
リネーアはふっと自嘲まじりの笑みをこぼす。
「所詮、ボクは宗主の器じゃなかったんだろうね。自分から攻め込んでおいて連戦連敗、あげく捕虜になって、ふふっ……昨日の街の人間の歓迎ぶりで、本物の貫禄ってやつをつくづく思い知らされたよ」
「いったい何が狙いだ?」
部下たちからの持ち上げにはさすがに慣れた勇斗だが、まさか敵対していた氏族の長までそんなことを言い出すとは、まさに青天の霹靂である。
何か企みでもあると考えるのが自然だった。
「ははっ、単に思ったことを口にしただけだよ。羨ましいなって」
勇斗を見つめるリネーアの目には、狂おしいほどに嫉妬と羨望がこめられていた。
おそらくその若さゆえの苦労もあるのだろう。
そこに自分とそう年も変わらないのに、皆から慕われ認められている人間がいれば、複雑な思いを抱いてしまっても無理からぬことだった。
勇斗は何か言葉をかけようとして、押し黙る。
下手な同情は相手を余計に惨めにさせるだけだということを勇斗は知っていた。勝者が敗者にかける言葉などどこにもないのだ、と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます