第一三話
「いらっしゃいいらっしゃい、うちのはいい品ばかりですよ~」
「そこのお嬢さん、いかがです? アースガルズ製の櫛ですよ」
「いやぁ、お目が高い。これはアールヴヘイムでも名のある名工が打った剣で」
午前の勉強も一段落し、気分転換も兼ねて勇斗が城の周りを散歩していると、中庭はガヤガヤとした喧騒と人混みに包まれていた。
バザールである。
ものを売っているのは交易商人たちだ。
ある地方で商品を買い、延々と旅して遠くの地方で商品を売り、その差額で生活を営んでいる。
野盗に襲われたり、旅の途中で食料が尽きたりすることもあり、非常に危険な職業と言えたが、一攫千金を夢見、志す者はなかなか多い。
「なかなか活況のようですね」
勇斗の隣でフェリシアが満足気に頷く。
商人たちの納める場所代は《狼》の重要な収入源である。
商人たちにしても、城に勤める人間は市中の人間に比べ裕福な人間が当然ながら多く、高級品を売るにはうってつけの場所だった。
学校の運動場ぐらいはあろう中庭にはところどころにテントが立ち、その軒下には食料から衣料品、武具や宝飾品、家畜に至るまで実に様々なものが並んでいる。
交通の要衝にある街だけあり、商品は実に豊富だ。金に糸目さえつけなければ、大抵のものは手に入るだろう。
それこそ……人間[#「人間」に傍点]であろうと。
「今度の商品はこちらの母娘です。どうです、なかなかの美人でしょう? しかも、この北国特有の雪のように白く透き通った肌! なかなか良い暮らしをしてきたらしく肉付きもいいです。娘のほうも御覧ください。母によく似た顔立ちをしているでしょう? いずれは母に負けぬ美人になるかと。ふひひひひ」
頭を白い布でぐるぐると巻いた恰幅の良い男が、抱き合う母娘に手を向けつつ、下卑た笑みをこぼす。
母娘は怯えた表情で震えあい、引き離されまいという決意が滲み出ているかのごとく強く強く抱き合っていた。娘のほうはまだ見たところ、一〇にも満たぬ年である。
「あんなちっちゃい子まで……」
思わず勇斗は眉をひそめた。
いわゆる奴隷売買である。ユグドラシルに限らず、近代に入るまで世の東西を問わず公然と行われてきた商売だった。
侵略してきた他氏族に生まれ育った土地を奪われ、あまつ交易商人たちに売り飛ばされた人たちであり、戦争に負けた国の人間の末路でもあった。
「買った」
勇斗が手を挙げると、どよめきとともに人垣が割れる。
ユグドラシルでは黒髪の人間は極めて希少だ。商人もすぐに勇斗が何者なのか気がついたようだった。
「おお、これは宗主様! ありがとうございます! つきましては……」
「フェリシア」
「はい。これぐらいあれば足りるでしょう?」
スッとフェリシアは革袋から小石ぐらいの金塊を三つ取り出し、商人に手渡す。たったこれだけが、人間二人の値段なのだ。
内心の憤りを抑えつつ、勇斗はゆっくりと母娘に近づき、女の子と目線の高さが合うようしゃがみこむ。
ビクッと女の子が身体を震わせ、母親の影に隠れた。
それだけで、これまでよほど怖い思いをしてきたのだろうことがわかる。
別にこの商人が特別悪辣なわけでもない。彼らはただ奴隷たちを同じ人間と思っていないだけだ。
古代ギリシャの大哲人アリストテレスですら、人が人を買うことを肯定し、全く疑問を抱かなかったという。
今はそういう時代なのだ。
「もう大丈夫だから」
出来る限り優しい笑みを作ってそう言って、勇斗は立ち上がりキョロキョロと周囲を見渡す。
すぐにお目当ての人間を見つけ、
「おい、そこの衛兵! 彼女たちを侍従長のところに連れて行け。くれぐれも丁重に、な」
「はっ!」
衛兵にとっては、勇斗はまさに雲の上ともいうべき存在である。
突如呼ばれたことに挙動不審げに視線を彷徨わせたものの、ビシッと直立不動の姿勢を取って答える。
宮廷の中へと消えていく母娘を見ながら、勇斗は苦虫を噛み潰したような顔になる。
やはり「人を買う」ということになんとも生理的な嫌悪があった。
宗主の権限によって領内で奴隷売買を禁止することも、できないことはない。
だが、それをしたところで他の土地で売られるだけだろう。
所詮、それでは勇斗の自己満足が満たされるだけで、なんら奴隷となった人たちが救われるわけではない。
商人たちの不興を買うのも、弱小氏族であり、貿易立国でもある《狼》には出来る限り避けたいところだ。
ならば、自分が買い普通の人間として扱うのが結果的に奴隷のためになる、と思ってのことだ。
実際、勇斗が買った奴隷たちは、宗主所有という体裁のため、誰かに虐げられるなどということはまったくない。
皆、何かに怯えることもなく、自然体で宮廷内で楽しそうに働いている。
彼らは一様に、勇斗への感謝の言葉を口にする。
それでも、やはり後味の悪さが、勇斗の心を苛んだ。
全ての奴隷たちを救えるわけでもない。
自分の手がとどく範囲でだけ救う。
なんとも偽善的な行為に思えて仕方なかった。
「ほんと、ちっぽけだよな」
勇斗はグッと拳を握りしめる。
宗主だなんだと持ち上げられてはいるが、自分の手はなぜこんなにも小さいのだろうと憤りを覚えずにはいられなかった。
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