第一二話
「~~こうして、初代神帝ヴォータン陛下によりユグドラシルは統一され、神聖アースガルズ帝国の建国が首都グラズヘイムにおいて宣言されました。今よりおよそ二〇四年前のことです」
宗主の執務室に、フェリシアの鈴の鳴るような朗々たる声が響いていた。
勇斗にとってフェリシアは有能な副官であり、護衛であり、また姉であり友人であり娘であり恩人であり、そして先生でもあった。
この世界に来たばかりの頃の勇斗にとって、《交渉》の呪歌が使えるフェリシアだけが唯一、意思疎通が出来る相手だった。
当時の彼女は神巫女の職にあり、宮殿内にある神殿に足しげく通っては、この世界の言葉を教えてもらったものだった。
人間、追い詰められると普段からは考えられないような力を発揮する時がある。
三ヶ月も立たないうちに、勇斗はフェリシア以外の人間ともある程度意思疎通ができるようになっていた。
二年経った今はすでに聞き話すことに関してはほぼ不自由はなくなったが、宗主となったからには知っておかなくてはならないことがたくさんある。
だから今もこうして、午前中は勉強に時間に当て、フェリシアからユグドラシルについての講義を受けるのが日課となっていた。
今日は歴史に関しての講義なのだが――
「ほんと北欧神話の名称ばっかだな。やっぱり俺のいた世界とこの世界はつながってるってこと……か」
「お兄様、何か気になる点でも?」
「いや、なんでもない。単なる独り言だ。続けてくれ」
「はい。ヴォータン陛下は長さや大きさ重さといったいわゆる度量衡や、数の数え方を統一し、公用語をノルド語にするなど、様々なものを共通化されました。また各地方の交易を盛んにするため、道路や運河などの交通網の整備にも尽力されました。ヴォータン陛下の施策は、今日の我々の生活に、今も息づいていると言っても過言ではないでしょう」
「へ~、かなりの名君だったんだな」
思わず感嘆の吐息が勇斗の口から漏れた。
二〇〇年経っても役に立ってるのだ、大したものだと素直に思う。
「はい、類まれなる実行力を持った、偉大な大帝であらせられました。ただ、ヴォータン陛下はあまりに強く、そしてあまりに多くのことを一度に変えすぎたのです」
「と、言うと?」
「ヴォータン陛下が行った改革の最たるものが、氏族制度です。当時は、地位は血縁により受け継がれておりましたが、より能力のある者が高い地位につけるよう世襲を禁じたのです」
「良い事のように聞こえるけどな?」
何が問題なのかわからず、勇斗は首を傾げる。
いくら親が素晴らしい人間だからと言って、その子まで素晴らしいとは限らない。
カエルの子はカエルの時もあれば、鳶が鷹を生むこともあるだろう。
ならば、より有能な人間が指導者になれるようにしたほうが、世襲よりはるかに能率的であるように勇斗には思えた。
「先祖代々土地を収めてきた領主などの中には、当然、恨みに思う者も少なくありませんでした。また先に述べた様々な漸進的な政策には、反発を覚えている者も多くいました」
「なるほど、ね。既得権益者の恨みを買ったわけか」
自然、勇斗の手はポケットの中にあるスマートフォンへと伸びる。
彼の脳裏を過ぎったのは、何度も何度もこれで読み返した『君主論』だ。
憎悪されることと軽蔑されることを、君主は絶対に避けねばならない。
特に、持てる者から地位や金銭、妻を奪うことは強い恨みを買うから、気をつけねばならない、とマキャベリは述べていた。
勇斗もいろいろ新しいことを取り入れていこうとしている身だ。
他人事ではなかった。
「また、この施策は、一方で神帝一族だけは世襲を認めていました。つまり、地方領主の力と権威を削ぎ、神帝の地位と権威を高める意味も持っていたわけです。代を重ねられなければ皇帝に歯向かう力も溜め込められないだろう、と」
「あ~、そりゃ反発されるわな」
勇斗はげんなりと吐き捨てる。
先ず隗より始めよ、ということわざもあるように、リーダーが率先して陣頭に立たない限り、人がついてくるわけがないのだ。
「それでも絶大なる力を誇ったヴォータン陛下の御世には、陛下を畏れ皆おとなしくしていたのですが、次に即位されたシギ陛下の御世になると、急速に国は乱れました」
「さもありなん、だな」
「シギ陛下の時代はまさしく、先祖代々の権力を固持しようとする勢力と、ヴォータン陛下の言葉を大義に、能力ある者がその地を治めるべきとする勢力の戦いでした。各地で激しい戦いが繰り広げられ、国は乱れましたが、やがて残ったのは後者でした」
「なるほどなぁ。その流れで、今みたいな、子分の中で一番力があるやつが次の宗主に推挙されるようになっていったのか」
「はい、まあ、昔ほど血縁による制約はなくなりましたけどね。実力さえあれば、実子が跡目を継ぐこともございます」
「それもあくまで、実力が認められて、なんだよな」
「ええ。もし実力ではなく、我が子可愛さに禅譲しようとしても、子分たちはその者を新たな宗主(おや)とは認めないでしょう」
「そうだな」
勇斗の先代には血を分けた息子が一人いるが、齢三〇を越えてもうだつが上がらず、幹部の末席にも名を連ねることができない下っ端に甘んじている。
世が世なら王として万人の上に君臨していたはずなのに、だ。
一方でフェリシアやジークルーネなどは、その若さにも関わらず氏族の重鎮として厚遇され、尊敬を集めている。
罪人の子どもであろうと力さえあればしっかり認めてもらえるが、一方で、たとえ宗主の実の子どもであろうとも力を見せられなければ軽んじられる。
それがここ、ユグドラシルの絶対の「法」だった。
実に厳しいが、一方で極めて合理的だとも思う。
能力に関係なく血筋や家柄で選ばれた将ばかりの旧勢力が、実力でのし上がった有能な将が揃う新勢力に駆逐されたのは必然だった。
「神聖アースガルズ帝国は、以降、その勢力を著しく弱体化させていきましたが、一方で権威だけはヴォータン陛下の思惑通り高まっていきました。後ろ盾を持たない氏族の長がその地を治めるためには、神帝の代理であるという大義が必要だったからです」
「ふむ、戦国時代の将軍や天皇みたいなもんか」
「はい?」
それまでよどみなく講義を続けていたフェリシアが、首をかしげる。
いくら聡明な彼女とはいえ、勇斗の世界の歴史にまでは精通しているはずがなかった。
苦笑しつつ、勇斗は手を振る。
「要は政治的に利用しやすい存在、ってことだろ。適当な役職もらって自らの権威を高めたり、領地を公認してもらったり、泥沼化した戦の調停役になってもらったりとか」
戦国時代は、やっぱり男としては燃える時代なので、勇斗もいろいろ調べたりしたものだ。
主に某有名戦略国盗りゲームの影響だが。
フェリシアは勇斗の言葉に少しだけ驚いたように目を瞠っていたが、やがて生徒の優秀さに満足そうに微笑んだ。
「さすがはお兄様。ご明察の通りです」
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