第九話

「「「「「ジークパトリアーク! ジークパトリアーク!」」」」」


 ヨルゲンとの会話を切り上げ門をくぐると、待ち構えていたかのように、割れるような歓声とともに宗主を讃える声が立ちのぼった。

 街の中央を走る大通りの両脇を固めるように、ずらっと長蛇の列ができている。


 その歓迎ぶりに勇斗はわずかにたじろぐも、すぐに平静を取り戻した。

 すでに二ヶ月前に一度、《爪》相手の凱旋で経験済みだったからだ。


「ふふっ、相変わらず凄い人気ですね、お兄様。折角ですから、応えてあげてはいかがですか?」


 声援に手を振り返しながら、フェリシアがそんなことを言ってくる。

 お前ほど役者じゃないよ、なんて思いつつも勇斗は集まった人々へと目を向ける。皆一様にその顔にはあふれんばかりの笑顔が浮かんでいた。

《狼》の兵士たちはみな、彼らの兄であり弟であり息子であり父親であり、そして夫であり恋人なのだ。勝利と同時にその生還を喜んでいるのだろう。


「……そうだな。これも宗主の務め、か」


 勇斗は荷台の縁に足を掛け、腰の刀剣を抜き放つや空に掲げてみせた。陽の光を反射して、刀身が鈍く銀色にきらめく。

 こういうのは変にテレたりすると逆にみっともないものだ。

 ちなみにソースは、中学一年の時、何の因果か主役に抜擢されものの見事に失敗した勇斗自身である。

 ずいぶんと俺も役者になったもんだぜ、なんてポーズを決めながら、悠長なことを考えていた勇斗であったが、


「「「「「ジークパトリアーク!」」」」」[#この行、フォント二倍]

「うわっ!」


 巻き起こった大気を揺るがすような大歓声に、思わずその場に尻餅を突きそうになった。

 しかも、だ。歓声はどんどん街の奥にまで伝播していって、ついには街全体が揺れてるようなとんでもないものへとさらに拡大していく。


「どんだけ盛り上がってんだよ……」


 自らのしでかしたことに唖然とする勇斗。

 確かに盛り上げようと意図してやったことだったが、まさかここまで反響がすごいとは予想だにしていなかったのだ。

《狼》の兵士たちもこのとんでもない歓待ぶりに度肝を抜かれたらしく、皆一様に戸惑いと驚愕を顔に貼り付けていた。


「さ、さすが親父殿……」


 いつも沈着冷静で滅多なことでは表情を崩さぬヨルゲンですら、この民衆の熱狂ぶりには驚きを隠し切れないようだった。

 そんな中、平然としていたのがジークルーネとフェリシアである。二人は視線を交わし合うや、うむと納得顔で頷く。


「まったく我が《狼》の民は賢明だな」

「ええ、自らが戴くべき主をよくわかっておりますわ」

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