第2話 彼の回想
幼い頃から、周りに違和感を感じていた。
僕の家は、静かな丘の上の住宅街にあった。
近所にはゴルフ場と、テニスコートがあって、父はよく通っていた。
三歳年上の姉は、三歳でピアノ、四歳でヴァイオリン、五歳でハープを習い始めた。
よく、姉の付き添いで、母に連れられてレッスンに通っていたことを覚えている。
母は専業主婦だが、いつも忙しかった。僕は、構って欲しかった。
何故、親子なのにもっと向き合わないのかと幼心に不思議に感じていた。
いや、
手厳しい母は、僕が二歳から通っていた幼児教室にも手抜きはしなかった。
姉が楽器のレッスンを受けている間に、僕はその近所の教室で週二回、勉強するのだ。
母の膝に乗って、おともだちと数名で授業を受ける。これは楽しい思い出しかない。
しかし、授業が終わると、母は先生にペコペコとお辞儀をし、話し込んで、僕に向き合ってくれない。
それが終わると、すぐさま姉を迎えに行かなければならない。
頑張った事を母に褒めて欲しかったのに、その機会はいつも訪れなかった。
僕は不満で、不安で、泣きたくなるのをグッと堪えた。
いつも母や姉と一緒にいたが、孤独だった。
子供二人を抱えた母は、レッスンの帰りにカフェで一息付くのだが、目は虚で、僕を見てなどくれなかった。
唯、
「二人共、良く頑張ったわねぇ。先生も褒めて下さっていたわよ。ママ嬉しいな!」
と形ばかりの声掛けをしてくれた。
僕は味気ない気持ちで、いつも母が代わりに選んでしまうオーガニックマフィンとジュースを頬張っていた。
カトリックの幼稚園に上がった僕は、益々忙しくなった。水泳、ピアノ、体操、英会話。幼児教室もまだ続けていた。
小等部に進級した姉のレッスンの送迎は、最初は父がしていたが、そのうち運転手がついて、母は僕にかかり切りになった。
それでも、僕は違和感が拭えなかった。何故、母は僕と向き合わないのか。
姉はレッスンで忙しく、あまり僕と関わることが無くなっていった。
僕の寂しい幼少期は、慌ただしく過ぎて行った。
そのまま姉と同じく、系列の小等部に進級した僕はそこで、もっと忙しい級友達を知る。
家庭教師は当たり前。自宅に居ながらにして、様々な種類の講師達が、取っ替え引っ替え、やって来るのだ。
僕はまだマシな方だったのか。
級友達の苦労を
学校の授業や、地域ボランティアのクラブ活動も忙しく、あっという間に僕は中学受験期を迎える。
母と散々相談し、思い切って、偏差値の高い、別の系列校を受験する事にした。
そして見事合格!
中高一貫の男子校に進む事になった。
僕はそこでは、堕落した、元神童達を目の当たりにする。
幼少期は習い事だらけで、中等部へ進学する頃には、どっと反動が来るのか。
家庭教師が家に来るだけで、勉強したような気分になってしまう。
そのうち、高等部に上がる頃には、学校の授業をこなすだけで手一杯になるのだ。
僕は家庭教師は頼んでいなかった。地道にコツコツと勉強を続ける習慣はついていたので、塾に通いながら、勉強を頑張った。
級友達の半数は、大学までエスカレーターの為か、もう勉強は、なあなあになってしまっていた。皆、勉強は出来ないくせに、屁理屈は一丁前だ。
他校の生徒を
皆、派手に遊んでもいた。
まるでパリピ、という言葉がしっくり来た。
僕は悪目立ちしない様に、パリピ連中に擬態して、友人達と馬鹿騒ぎをしていたが、内心では
塾には、高校から通い出して一生懸命に勉強を頑張っている、別の仲間達がいた。
公立の高校に通っている奴が多かった。
姉は、音楽大学に進んだが、結局どの楽器も上達しなかった。両親は僕には厳しかったが、姉には甘かった。今はヨーロッパに留学している。
僕は考える。
幼少期からの英才教育なるものは、本当に必要なのだろうか。
自分次第で人生はどうとでもなるのでは?
僕は大学に内部進学をするが、周りの奴らなぞ眼中には無い。勉強を今まで以上に頑張ろう、と誓った。
そして誓い通りに研究漬けだった、孤独な四年間の大学生活も終盤に近付いている。
そんな時だ、彼女に出会ったのは。
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