二人の幻想

つき

第1話 彼女の回想

子供の頃から、周りに違和感を感じていた。


私は巨大な県営団地で生まれ育った。

三歳になった頃に、保育園に入れられた。保育園といっても団地の集会所内に設置された、遊び場の様な所であったが。


先生は一応二人いたが、制服などは無かった。私の母が水色のスモックを縫い、他の保護者もそれを真似て、皆で着ることになったのを覚えている。


他に記憶にあるのは、集会所で葬式が行われた翌日は、園庭裏に大きな花輪が置いてあったこと。


まさか、葬式用とは知らなかった私は、その花輪の造花で遊ぶのが好きだった。

だが同時に、何か不穏な空気も敏感に感じ取っていて、恐る恐る、いじる、という遊び方だった。


そんな保育園生活は、あまり楽しくは無かった。

何故なら、私以外の皆が、特定の宗教に入っていたからだ。


よく遊びながら、

「信心しないと、地獄に落ちるよ。」

だの

「信心しないなんて、前世で悪いことをしてたんだよ!」

だの、責められた。


幼児のセリフとは思えないが、実際私は疎外感と後ろめたさで、四年間も身を縮こませていた。


そんな、居心地の悪い保育園生活が終わり、そのまま地元の小学校へ入学した。


すると、生徒達は、出身園同士で固まっているではないか。


特に、保育園出身者と、幼稚園出身者は、どうもカーストが違うらしく、相入れないのが暗黙のルールのようだった。


私は、あの保育園を選んだ両親を軽く恨んだが、後の祭りである。


それから試行錯誤し、園の垣根を越えて友人も出来たが、仲良くなる頃には、皆、引っ越してしまう。


新しい家に移り住むのだ。


それはマンションなのか、戸建てだったのか、今となっては分からない。


ただ例外なく、話の分かる気の合った子は皆、一様に団地から引っ越して行った。


私は幼少期から、今で言う、格差社会のようなものをヒシヒシと感じていた。


私はこんな場所に、合わないのだ。

もっと前衛的な教育を受けて、もっと文化的な遊びが出来る友人が欲しかった。

幼心に、いつもそう思っていた。


両親は、そのような私の気持ちなど微塵も感じ取ってくれなかった。

無口で大人しい姉と比べられ、


「あんたは、こまっしゃくれて生意気だ。」

と非難され、家庭内にも居場所は無かった。


私は、自分の意思とは裏腹に、段々と悪い友人達とつるむようになっていった。

というのは、小学校を終える頃には、団地に残るのは素行の宜しくない家庭の子が大半だったのだ。


学級は崩壊していた。


地元の中学校へ上がると、偏差値も低く、不良も多く、私ももう勉強なぞしなくなっていた。


私は心の中で、違う、こんなんじゃない!と叫んでいたが、不良の友人達には、自分の胸の内を知られる訳にはいかなかった。


私はタバコやシンナーを吸っている友人達の隣で、一人孤独だった。


家でこっそりとテスト勉強をしたり、英語の勉強にと聖書の翻訳本などを眺めては、私は何処へ行けば、しっくりくるのだろう。と思いを巡らせていた。


実りのない三年間を、ただ消費して、私は地元の中堅の公立高校へ進学した。


親しい友人達は、高校へ行かない者も多かった。


私はこれでやっと、悪い人生から脱出できる、もっと有意義な人生を送れるのだと期待に胸を膨らませて校舎へ入った。


しかし、待っていたのは、真面目で妙に幼い周りの生徒達に、馴染めない自分だった。


私はもうすっかり、あんなに軽蔑していた地元の友人達と、まとう空気が同じだったのである。


今更、クラスの子供じみた何処のグループにも入る気が起きなかった。

私は居心地の悪さを感じて、次第に高校をサボり、地元の友人達とつるむようになっていった。


また、私の自我が叫ぶ。

こんなんじゃない、こんなんじゃない!


しかし私は、寂しかった。

友人達は皆、家庭環境などで何かを抱えていて、大人びた一面を持っていた。

私の寂しさを、もしかしたら、理解して一緒にいてくれたのかもしれない。


私は背中を丸めて出席日数を数えながら、かろうじて高校を卒業した。

世間はバブル崩壊後であった。


私は何とか、小さな建設会社に事務員として入社したが、タバコの煙が酷く、絵に描いたようなセクハラ社長もいて我慢が出来なかった。


結局、三ヶ月で退職し、それから今まで派遣やアルバイトで食い繋いでいる。


一人暮らしの生活が楽だった事は、一度も無い。私は考える。


生まれた場所が悪過ぎた。

生まれた家族が悪い。

生まれた星が悪い?


いいや、軌道修正を出来なかった自分が悪いのだ。

三歳ですでに気付いていたのだ。

でも、幼児に何が出来た?

それでは、もっと中学や高校で学んでいれば…。


否。私は充分、頑張ったではないか。

もう疲れたのだ。


そんな時、彼に出会った。





























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