第2話
透明人間とピルグリム2
翌日。
人探しの基本は、聞き込みからだと思う。
「大崎さん? わかんない、いたっけそんな人。あの空いてる席? あの席は……あれ? 誰の席? うーんと………………あ、ごめんごめん。思い出せないなぁって。あれ、何の話だっけ?
え、今日は来てたか、って——誰が?」
「大崎ひらぎ? 変わった名前だね、聞いたことないけど。うちのクラスなの? まじ? 知らない、どんな人? ——この写真の人? ふーん、綺麗系だね。なんかこう、ギター背負ってハスキーな声で歌ってそう。そうそう、夜の街中で。
……んで、これ誰だっけ? この写真がどうかした?」
「たまに学校来たかと思ったら、あっちこっちに聞き込みをしているようだね宮藤くん。探偵ごっこかな宮藤くん。……大崎ひらぎ? ひらぎってどういう字を書くんだい? 由来は? え? 知らない? おいおい、クラスメイトならそれくらい知っておきたまえよ。……私? 私は知らないよ。何でも知ってると思うなよ! メガネだからって!」
依頼人の大崎さん(母)から詳細を聞くに、どうやら同じ学年で、同じクラスだという大崎ひらぎさん。しかし、クラスメイトに尋ねても誰も知らないという。最後の人はクラスの委員長だ。
「大崎ひらぎ? いないだろ、うちのクラスには」
「いるはずです。クラス名簿、見せてもらえますか」
「いいけど……って、え、マジかよいるなぁ。誰だこいつ……全く印象にないぞ。いたずらかぁ?」
「この写真の人が大崎ひらぎです。ご記憶ないですか」
「……いや、わからん。なぁ、本当にうちのクラスなのか?」
「名簿に載っているならそのはずですけど……いやすいません、僕も正直、自信はないんです」
「そうか……? あ、坂下先生。先ほど教頭が探していましたよ。理科準備室の備品紛失の件だとか。はい、お願いします」
「——先生」
「ああ、すまんすまん」
「それで、大崎さんは今日、登校している記録はありますか?」
「大崎? 大崎って誰よ? あのなあ、先生あんまり暇じゃないんだが」
担任すらこの有り様だった。
大崎ひらぎ。
日常に潜り込んだバグのような感覚。
データだけが存在し、誰もその実態を知らない。
記録はあるが記憶に残らない。
これは骨が折れそうだな、と思った。
教室にはぽつんと空いた座席がひとつある。おそらく、大崎ひらぎの座席だろう。朝からこっち、その席の主は現れなかった。校内を探索したものの、写真の人物は見当たらない。どうやら今日は来ていないらしい、と結論づける。少しだけ、親近感が湧いた。
気付けば放課後。アテはまったくない。
仕方ないので、一度帰って着替えてから街中を適当にぶらつく。
駅前、大通り、アーケード街、歓楽街。
思いつく限り聞き込みをしながらひと通り回り終える頃には、オレンジ色が背に落ちる時間。手掛かりどころか、影も形もない。無計画過ぎたようだ。分かってはいたが、やはり人に聞いて回るのは大崎ひらぎの性質上意味をなさないらしい。
誰かの家に転がり込んでいるのか。
そもそもこの街にはいないのか。
可能性は無数にあるのと反対に、情報があまりにも少なすぎる。そもそも同年代の女の子の生態自体、僕にはてんで想像もつかない。
途方に暮れながら、気付けば街中を少し外れたところにある大きな公園に辿り着いていた。コンサートホールや天文台、劇場なんかがあり、夏になれば地域のお祭りで賑わうような公園だ。
遠くの空が朱く染まりはじめ、黄昏が追ってきていた。薬の効果はあと一日と少し。鈍い頭痛が足取りを重くさせる。
近くのベンチに腰を下ろして首を回す。この街の西側にある山々の境界に、夕陽が隠れていく様をぼんやり眺める。ああ、僕はいつも、油断するとこうやって時間を無駄にしているなー、なんて思いながら、さてどうしたものかと無い知恵を絞ってみる。
「お困りごとですか?」
気が付くと。
夕陽を遮って、影になったシルエットだけの人物が僕の前に立っていた。知らない人ではあるが、見覚えはある。
「……あ、昨日の」
街中で僕のことを勇者だとか宣った放蕩娘だ。いや、放蕩娘は勝手なイメージだけど、服装からして、大きく外れてはないだろう、
「こんにちは。また会いましたね」
少女は隣いいですか? と一言置いて、ベンチに並んで座った。あまりにも自然すぎる所作と、疲弊した脳みその合わせコンボで拒むことができなかった。つんとした匂いが鼻を刺す。
……昨日と比べて、匂いの質が変わっている気がした。
「ゆうしゃさま。お悩みなら、私も協力します。なんでもしますよ」
「申し出はありがたいけど……その、勇者様ってのは一体なんなんだ? 僕は魔王と戦ったり、世界を救う旅に出たりなんてしたことないんだけど」
「? まさかお忘れですか?」
「え」
荒唐無稽な話ではある。あるが、忘れているのか、と問われると、気にかかるものがある。
空白の二年間の記憶。僕の中に存在しているのかさえ怪しいそれが、まさか英雄譚だとでもいうのだろうか。
いやまさか。
この世界には剣も魔法もない。ファンタジー世界さながらな、魔王なんてのも、もちろんいない。魔術には厳密に規則法則があり、超能力だってきちんとした科学で研究されている。
「やっぱり、よくわからない」
「そうですか……。ううん、大丈夫です。こうして、今ここにゆうしゃさまがいる、というのが、私にはたまらなくうれしいんです」
だから、どうして彼女がここまで本気で嬉しそうなのかも、僕にはわからない。
「ところで。人を、探されているんですよね」
「……なんで知ってる?」
「見てましたから」
うわあ。
「もしかして……昨日からずっと、僕の後をつけてたんじゃないよね?」
「もちろん、ずっと近くにおりましたよ。ゆうしゃさまの身の安全を守るのが、私の使命ですから」
あー……、困った。この手の人種は、関わらないのが相場と決まっている。電波で浮浪者でストーカー。役満だ。
だが、この少女からは逃げられない気がした。幼い容姿とは裏腹に、得体の知れない雰囲気がある。何か致命的なことをしでかすくらいなら、近場に置いておいた方が咄嗟に対処しやすいのではないか。
僕は深いため息を吐いて、観念したように口を開く。
「君、名前は?」
「名前、ですか」
少女は寂しげにはにかんだ。
「私の生来の名前は、旅に出るとき捨ててしまいました。どうぞ、ピルグリム、とお呼びください」
設定、しっかりしてるなぁ。
「じゃあ……ええと、確かに僕は人を探しているんだけど、ピルグリムさんは」
「はい! ぜひ呼び捨ててください!」
「はいはい……。ピルグリムは、人探しといえば、何かいい方法思いつかないかな」
「ありますよー。例えば、私は目がいいので高いところに登れば全部見えますし、鼻もいいので匂いのするものがあれば、後をたどることがるできます。耳もいいので、知ってる声の人がいればすぐわかります」
「そうやって僕を探した?」
「そうですよー」
大変でした、と無邪気に笑うピルグリム。
それはいいとして。
「じゃあ、この写真の人、探してるんだけど」
そう言って、僕は何枚かの大崎ひらぎの写真を見せる。
「ほう」
ピルグリムは、それをじっと見つめて、数度写真の匂いを嗅いで、わかりました、と言った。おもむろに立ち上がり、鼻をひくつかせながら辺りをうろうろする。
「こっちですね」
「……ほんと?」
「はい! 行きましょうゆうしゃさま」
道行く人の視線を一身に受けるピルグリム。その様は大型犬さながらといった感じだ。もちろん、ゆうしゃさまなんてヘンテコな呼ばれ方をしている僕も、衆目からは逃れられない。
できるだけ身を縮こませて、僕は彼女の後をついていった。
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