37、娘たちの留守番(1)



「いやあー、まいったまいった。あの美形天狗には痛いところを突かれましたわ」


 花梨は腕を組んで何度も首を縦に振った。


 親族がそろった時に使う畳の大広間の中央で、娘三人は向かい合ってカップ麺をすすっていた。


 それぞれの斜め後ろには扇風機が設置されている。一人一台持ってきてふうふうする手間を省こうと言い出したのは花梨であったが、これはたしかに快適だったし、気まずい沈黙も扇風機三台分の音でそこまで意識せずに済んだ。


 がしかし、便利な分食べ終わるのも早かった。


「驕りね、そう、驕り。うん、言われてみればその通りだった! ごめんね、羽菜。嫌な思いさせちゃったよね」


 花梨はへらへら笑っている。羽菜がなんと答えるべきか迷って泳がせた視線が六花と交わった。六花はそれを助けを求めていると捉えた。


「そういうさ、笑って誤魔化そうみたいなの、良くないんじゃないの。羽菜を傷つけておいて」

「ちょ、六花……」


 羽菜はあわてて止めに入ろうとしたが、花梨は一瞬で笑みを消すと険しい目つきになった。


「偉そうに。六花は今まで羽菜のために何かしたの」


 花梨のこんなに低い声を羽菜は初めて聞いた。


「羽菜が他の人たちに陰口叩かれたり仲間外れにされたりした時、六花は何してた? 一緒になって冷たい目でこっちを見てたじゃん」

「それに比べればあんたの偽善のほうがマシだって言いたいの?」


 六花の皮肉めいた笑みも初めて見た。六花は普段あまり笑わないが、笑う時は豪快に笑うのだ。


「どう考えたってマシでしょ。羽菜が一人になってるのを黙って見てるだけの奴よりかはさ」

「知らないだろうけど」


 と、六花は声量を上げた。


「私は裏で動いてた。羽菜が何かされているのを見たらすぐにご当主やうちの母や菜乃花おばさんに言いに行ったし、そこからあんたに情報が行って、あんたが羽菜の元に駆けつけた時もある。私は別に自分の行動を羽菜に知られなくてもいいと思っているから、わざわざ言ったりしないだけ」

「ああ、それでよくこっち見てたの? あれ心象最悪だよ。自分のほうが物わかりいいですみたいな顔して、こっちのこと見下してんのかなーって思う時あったし」

「あんたのことは見下してたよ」

「あっそう」


 ね、羽菜、と花梨が言う。


「羽菜だって六花のこと苦手に思ってたもんね?」


 しかし羽菜が首を縦にも横にも振らないのを見ると、花梨はむっとしてその分まで六花にぶつけた。


「本人に伝わんなきゃ意味ないじゃん。特にあんたみたいに黙ってると不機嫌に見えるタイプはさ」


 ぽろり、だしぬけに六花の頬を雫が転げ落ちた。羽菜もかりんもぎょっとした。


「そんなの知ってる」


 と、六花は震え始めた。


「昔からクラスでも『あの子はいつも偉そうだ』ってよく言われてた。ただぼーっとしているだけのことも多いのに、知らない間に勝手に私のイメージを作り上げられる。ちゃんと対策だってした。黙っていると他の子たちは好き勝手に想像して、私の気持ちや考えを作り上げて、それを真実にして噂を流されたりするから、言う時はビシッと言うようにした。

 でもさ、そしたらそれも怖いんだって。言い方が良くないって。……そこまで気が回らないよ。いっぱいいっぱいなんだよ、私。花梨みたいに裏表なくぐいぐい周りを惹きつけるなんて芸当、私には無理。羽菜みたいに誰とでも話を合わせることだってできない。だったら誰も見てないところで頑張るしかないでしょ。適材適所って言うでしょ。それの何がいけないの」


 最後のほうは嗚咽で聞き取りづらかったが、羽菜は六花の本心に胸がキリキリ締めつけられた。


「わ、わたしだって、そんな……」


 と、今度は花梨が畳にぽたぽたシミを作って、羽菜は「えっ」とそちらに向いた。


「わたしはわたしのこと、そんなに好きじゃない。周りを惹きつけてなんかいない。だって強引じゃん。やりたい! って思ったら突っ走っちゃうじゃん。そういうところ、学校でも嫌われてて。陰口言われてるの、知ってるし。でも、でもさ、行動力がわたしの良いところでもあるじゃん。みんながためらうようなことでも、わたしならできるから。

 たまには怖い時だってあるよ。でも笑う門には福来るって言うじゃん。だから笑っていようって、みんなを笑わせようって。……それしかできないから。六花みたいに思慮深くもなければ、羽菜みたいに柔軟なわけでもないし。わたしが矢面に立ってみんなを守るくらいの気持ちを持って……あれ……待って、だんだん何が言いたいかわかんなくなってきた……」


「わかる」


 六花が鼻をすすった。


「ちょっと休戦、顔が濡れるそばから扇風機で変な乾き方して、頬がぱりぱりしてる気がする……」

「こ、今夜は化粧水をたっぷりつけて寝よう!」


 羽菜が言うと、花梨は声を出して笑った。


「乳液のほうが大事じゃない?」

「たしかに」


 二人のやり取りに六花も力なく笑ったが、ふいと目線を窓の外へと向けた。


「今夜、寝られればいいけどね。瑞希おばさんがちゃんと帰ってくれば……」


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