35、天狗の真相(2)
これは千尋丸から聞いた話だ、と千里は語る。
「三十八年前、君の母、
「ちょっと待って」
羽菜が遮った。上げた手が震えた。
「……お母さんを助けたのは、千尋丸じゃないの? 瑞希おばさんと自転車を見つけてきたっていうのが烏珠で……」
「ん? 逆だね。千尋丸本人が言っていたのだから間違いない」
頭の中がぐるぐる回る。二週間前を思い出せ。あの日母はなんと言っていた?
――
羽菜はガバッと両手で顔を押さえて奇声を発した。「羽菜?」と隣で六花が気味悪そうにした。
――
母が「綺麗な顔」と言ったのは千尋丸のほうだったのだ。昔一緒に観た映画でも、羽菜はエルフの弓使いがイケメンだと言ったら、母は人間の王のほうが綺麗だと言っていた。性格の好みも、羽菜は率先して守ってくれる男らしい人が好きなのに対し、母はちょっとツンツンした不器用なタイプが好きだった。
――お母さんの初恋は烏珠かあ……。
平凡でどこか抜けている父とえらい違いだ。父を選んでくれてよかったとは思うが、夢がないとも思ってしまった。
おーい、と千里が呼びかけた。
「続けても?」
「どうぞ」
なぜか六花が答えた。
「さて……。原因に気づいた我々は『瑞希なら傷のない完全な魔力を有しているのでは』と考え、彼女を攫う計画を立てようとした。ところが千尋丸がそれを止めたんだ。彼女には天狗の姿が視えず声も聞こえない。御神体まで連れて行ったとして、御神体も視えないだろうと」
あんなに見事な滝もふつうの人には視えないのか――そう思って、ゾッとした。
ということは、自分はあの時相当な危険を冒していたのだ。千里は羽菜に滝が視えるかどうかを試すために、天狗の里へ招き入れた。
「御神体が見えないならばどうしようか。瑞希に他の魔女の媒体を使わせ、少しでも発現を促そうか。……結論から言うと、だめだった。彼女は幼い頃から受けてきた差別により己が内包する魔力の存在を否定し、現実的で科学的に証明できるようなものにしか目を向けなかった。我々はとりつく島もなかったよ」
千里の座る枝の先にカラスが止まった。レン、と千里は呼んで、寄ってきたカラスの背をなでた。――視線は羽菜をなでていた。
「ぼくは瑞希の代わりになる者が出ないかと、天野の屋敷を見張ることにした。結界で中は視えないが、外に出た魔女たちのことなら視える。羽菜、君にその名がつけられ、すくすく理想的に育ち、ぼくはどれほど嬉しかったか。君は瑞希のようにはならず、世界の見えない魔法を信じ、飛ぶことをあきらめなかった。お山の危機に君のような者が現れたことは偶然ではない、必然だ。ぼくは君こそ御神体を開き、次に入山すべき娘だと自然坊に訴えた。……ところがだよ、これにも千尋丸が反対したんだ」
千里の落胆に反応してか、レンがカッカッと不満げに鳴いた。千里はため息まじりに手を往復させた。
「また人の娘をお山に入れるのは良くないって言うんだ。五百年後に同じことが起きるとも限らないからって。でもさ、あいつわがままなんだよ。だって烏珠彦を入山させるのにも難色を示しているんだぜ。烏珠彦は入りたがっているのに、それを自然坊と組んで阻んでいるんだ。あの二人がそうするって言うなら、ぼくも従わなければいけない……不本意だけどね。千尋丸は物の道理を心得た立派な烏天狗だが、お山に誰かが入るのを犠牲だと思っているところだけはいただけない」
本当に? 羽菜は疑問に思った。千尋丸は天狗の役目を理解している。お山第一だ。躊躇するとは思えない。
――瑞希おばさんのことは後で返すって言ってた。じゃあ、おばさんを入山させる気はないってことだよね。御神体を通れるようにしたいだけ……。待って、道が開いて誰が通るの? まさか千尋丸……?
ズキンと胸が痛んだ。愛した女性と一緒の所で眠りたいという可能性――。
千里はさらに話を続けた。
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