32、〈花〉の理由(2)
「恥を知れ!」
「愚かで高慢な娘だ――貴様のような女が天野に名を連ねているとは、花もさぞや嘆かわしかろう。ならば教えてやる。貴様らが後生大事に抱えている〈花〉の一字は、初代
烏珠は娘たちが聞き漏らすことのないよう、一言一句に力を込めた。
「〈花〉という字そのものが媒体なのだ。
すべては初代が仕組んだこと。正しい方法が失われた今、貴様らが飛べているのは初代の姉、花の媒体を拒絶する力のお陰であり、そのために貴様らの魔力は底が見えている。これをできそこないと呼ばずして何と言う。そんなことも知らず他を軽んじるとは、傲岸不遜にも程がある」
そこで花梨にきつい目を向ける。
「……何を呆ける? 貴様とてよくわかっておったであろう。魔力が己から抜け落ちていく感覚に気づかぬほど
花梨はこぼれ落ちんばかりに目を見開くと、怯えたように羽菜を振り返った。
羽菜は目が合う前に視線を逸らした。かすかに息を呑む音が聞こえた気がした。
次の瞬間、花梨はものすごい速さで天野の屋敷に向かって飛んでいた。
「花梨!」
六花は急いで熊手を返し花梨の後を追おうとしたが、烏珠の追撃のほうが早かった。
翼から放たれた凶暴な風が逃げる花梨の背を打った。花梨はステッキもろとも屋敷のほうへ吹っ飛ばされた。
「花梨ー!」
烏珠が二人の行く手を阻んだ。
「待て」
「通してください」
羽菜は毅然として烏珠を睨みつけた。怒りで声が震えた。
「通さぬ。貴様にはまだ言うべきことが――」
「あたしにはありません!」
叫び、首にかけている笛を引っ張り出した。
千尋丸からこれを受け取ってから、言われた通り毎日肌身離さず身につけていた。本気で千尋丸に会いたいのなら、危険を冒さずこれを吹けばよかったのだ。ただ会いたいというだけで吹くことをためらった結果がこれだ。花梨と六花を危険に晒し傷つけ、今も目の前には烏珠が立ちはだかっている。これはじゅうぶん緊急事態だ。
「よせ、やめろ!」
烏珠が叫ぶと同時、羽菜は笛に息を吹き込んだ。
やはり音は鳴らなかったが、望む相手にはしっかり届いた。
「……烏珠よ、お前は救いようのない阿呆だな」
暴風と共に現れた千尋丸は羽菜と六花を背後に隠し、烏珠と対峙した。
「まったく、困ったものだ。もうぼくらも、かばうことはできないよ」
千尋丸の横に並び現れたのは
「……え?」
羽菜は六花を見ていた。六花も驚いた顔で羽菜を見ていた。羽菜は六花から離れ、千尋丸の硬い腕の中にいた。
千尋丸はやけに静かに言った。
「
「承知したよ」
「待て、千尋丸!」
烏珠のひび割れた叫びがブツンと途切れ、無意識に閉じていた瞼を押し上げると、そこには羽菜と千尋丸しかいなかった。
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