【4】天狗の里
21、昔話
世は群雄割拠の戦国時代。戦、戦、また戦――絶え間なく流れ続ける人の血、そこから生まれる怨嗟が穢れとしてお山に溜まり、またお山に入る天狗を選ぶ時が来たと、大天狗・
そんな折、どこからか二人の娘がやってきた。一人は十六七、もう一人は十を越えたばかりの子どもであった。親はなく、着古してつぎはぎだらけの着物の丈は短く、素足は垢と土埃で真っ黒である。上の娘が下の娘の手を引き、何かから逃れるように、しかし絶対に生き延びてやるという強い光を宿した双眸で、二人は天野の地にたどり着いた。
二人は姉妹であった。姉の名は
奇っ怪なことに、この姉妹は妖術を扱えた。妹のほうはまだまだ未熟で小物の妖を祓うのに精一杯であったが、姉のほうは自在に空を駆け、天狗を目視し、村人が天狗の横暴に遭えば人々を守った。
村人は魔を祓う巫女――魔女と名乗るこの姉妹に衣食住を与えて崇めた。
今まで人で遊びはしたがその分加護も授けていた天狗たちは憤った。皆ストレスを溜めて愚痴をこぼし、やる気をなくして怠惰になった。自然坊はこれに頭を抱え、若天狗を一人花のもとへと派遣した。それが
怜悧で端正な
烏珠彦は焦った。この戦いの間に彼の心には変化が起きていた。花が山に落ちたのならば、烏珠彦は恋に落ちていた(「なに上手いこと言ってんだ」と
烏珠彦は彼女を密かに匿って介抱し、村へ帰した。花もまたそれに感謝して、二人のわだかまりは春の氷のように温かくとけて流れた。
さて次に派遣されたのは、顔面だけで泣く子も黙る
烏珠彦の体たらくにカンカンになった千尋丸ならあの魔性の女をなんとかできるだろう――自然坊をはじめとした皆がそう期待したが、結論から言うと失敗した。
千尋丸まで花のもとへ通うようになり、精鋭二人があんまり夢中になったので、天狗たちはこの件を潔くあきらめた。もうこの際だから、烏珠彦でも千尋丸でも、どちらかが花を籠絡してくれればいいと思っていた。
それから一年は平和なものだった。当時は現代の人間より霊力を持つ者が平均的に多かったため、花の件をきっかけに人と恋仲になる天狗が出始め、お山と麓の村々はかつてないほど良好な関係を保っていた。
だがそれも長くは続かなかった。お山に溜まった穢れがいよいよ危険域に達し、たびたび地鳴りが起こり、天変地異も時間の問題と思われた。
烏天狗は母たるお山の浄化のために存在する。三、四百年に一度、天狗の一人が御神体に身を捧げてお山を鎮める行為は犠牲ともとれる。人のためになぜそこまでと言う者もあるが、別に人のためというわけではない。すべてはお山のためである。人々の畏怖の念や信仰心が天狗に力を与え、天狗はそれをお山にお渡しし、正常に戻す。そうやってこの地の均衡は保たれている。
あの頃、次にお山に入る天狗は最も強く神々しい霊力を持つ烏珠彦だと言われていた。自然坊も、烏珠彦本人もその予定だった。――が、そこに花が「自分が入ろう」と申し出た。
花の持つ力は天狗に引けを取らず、自然坊も「それは良い考えだ」と喜んだ。烏珠彦のような澄んだ霊力を持つ烏天狗はそう現れないので、手放すには惜しかった。それに花という一人の娘によって天狗と人々との関係が変わりつつあるのも気になっていた。娘の申し出は自然坊には願ったり叶ったりだった。
花は三つの条件を提示した。
一つ、事が済むまで烏珠彦には伏せること
二つ、入山の付き添いは千尋丸が行うこと
三つ、妹の
しんしんと降り積もる雪がすべての音を禁ずるような大寒の朝、ひっそりと花の入山の儀式は執り行われた。
直前にこのことを知った烏珠彦は猛然と自然坊に抗議し、牢に繋がれた。打ちひしがれる烏珠彦だったが、あきらめはしなかった。彼にとって最後の頼みの綱である千尋丸に自分と花を入れ替えるよう頼んだが、千尋丸はそれを断った。
花はたった一人でお山の最奥に身を沈め、穢れを鎮めた。
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