トロン子爵 大博打

 転移が終わり、トロン子爵が今回も出迎えてくれた。


「ライラ、美しくなったな」


「もうパパまでアルみたいなこと言って」


「ハハハッ、アルか。そうかちゃんと仲良くなったようでなりより」


 久しぶりに会ったトロン子爵は前よりも白髪が増えている様に思えた。


 俺はとりあえず挨拶をする。


「お久しぶりです、トロン子爵。ご壮健で何よりです」


「アル殿下もモア殿も元気そうで何より」


「ずいぶんと老けたんじゃないトロン子爵」


 モア様は白髪について言及した。


「人間の寿命は短いのですよ。私も五十を過ぎました。遅くに産まれたライラが領土を継承するまでは元気で居たいものです」


 この発言にライラはプンプンと怒りながら


「もうパパ! 何をそんなに弱気になっているのよ!」


 と弱気の父親に対して声を荒らげた。


 ハハハすまんすまんとトロン子爵は言うが、人間の寿命が他種族に比べると一番短いのは事実であり、人間は農民が約五十歳、貴族でも六十歳が平均寿命であり、魔族やエルフの約三百五十歳やドワーフや獣人の百歳に比べると極端に短いことが分かる。


 なぜ寿命が短い人間が一大勢力を築けているかというと単に他種族よりも繁殖能力が高いからそれだけ強者が産まれやすいという事がある。


 勇者の保有率も人間から派生したエルフとドワーフとも比べると人間が十五人に対してエルフとドワーフを合わせても一くらいの比率であるらしい。


 そんな強者を生み出すシステムが教育の差だとモア様は前に語っていた。


 人間社会では貴族や才能ある者は王立の学園に入学し、そこで社交性を学ぶだけでなく、周囲に乱立している私塾で魔法の研究を行い、その成果を学園で発表するらしい。


 学園と私塾の二重教育により魔法の質を上げていると見るのが正しいか。


 ただ欠点があり、才能が有っても貴族でなければ使用人として働きながら教育を受けることになる為、貴族と同レベルの教育とは言い難いらしい。


 私塾でも貴族でないので軽んじられる事もあるのだとか。


 モア様はそれを踏まえても学園に行ったほうが良いと判断したらしいが。


「さて中で今後の事を話そう」


 トロン子爵が中に案内し、二年前にも来た来客室で軽食を取りながら今後の話し合いが行われた。


 というのも一ヶ月後に行われる学園の入学試験を受けるために数日後にはトロン領から馬車で出発し、受験を受けた後、合否を確認し、そのまま入学の手続きを行うとのこと。


 トロン子爵は領内の政務がある為領外に出れないが、ライラの母親のセリィ婦人とトロン子爵の執事長のジュンさんが付き添いとして旅に同行してくれるらしい。


「セリィですわ。モア様ライラがお世話になりました。立派に育ててくださり感謝しますわ」


「執事長のジュンです。数日間ですがアル様に使用人の心得を教えたいと思います。付け焼き刃でも学園で覚えておいた方が良いマナー等も有りますから」


 ジュンさんはトロン子爵と共に学園で生活を共にしたことがあるそうで、学園でのルールに詳しいらしい。


 そういうことに疎い俺はとても助かる。


 まず入学試験だが男爵以上の貴族の御子息はどんなに結果が悪くても入学はできるらしい。


 それ以下は魔力の測定と魔法の実技が求められ、魔力球という水晶の様な物に手を触れて魔力を流すと魔力球の色が変化するのだとか。


 黒から紫、青、赤、茶、緑、黄、白、銀、金、虹と変わり、赤以上が合格ラインらしい。


 俺の魔力総量がどこら辺かも分かるのでこの試験はありがたい。


 実技は年によって変わるがジュンさんとトロン子爵が受けた時には空中に浮く的に攻撃魔法で的を割るという物であったらしい。


「ライラもアルも問題無いでしょ」


 とモア様が言う。


「また学園内で主人よりも良い成績を残すことはタブーとされています。成績に関わらない場所では思う存分に力を発揮しても良いですがね。特に主人に喧嘩を売られた場合、従者が代理で戦うことは許されています。それに文句を言うような奴は貴族の器が無いと見られますからね」


 ジュンさんの話だとライラよりも魔法だけでなく筆記等のテストでも劣らないと行けないらしい。


 主人の成績をいかに上げるかも従者として才能だとか。


「アル様は特殊な立場であると理解していますが、トロン子爵が責任を持つ以上学園のルールは守ってもらいます。従者は主人への気遣いが重要視されますのでそれを抑えておけばある程度は大丈夫です」


「わかりました。気をつけます」


 ジュンさんの話が終わればモア様がトロン子爵に俺への支度金を渡し、屋敷に戻っていった。


 それから俺はジュンさんにマナーを教わり、ライラは家族にモア様の所での話をするのだった。








「それでねアルがね」


「そうかアル殿下とそれ程の仲になったか」


 私の名前はマスル·トロン···皆からはトロン子爵と呼ばれる男だ。


 事の始まりはアル殿下がモア殿に保護されたところまで遡る。


 モア殿からの連絡で王子の片割れを保護したと手紙を貰い、ライラの産まれた時に直接話し合う事で事実確認をし、モア殿と結託してアル殿下と私の一人娘のライラとの婚姻を決めた。


 これは当人達には話していないが、ライラが産まれてから私の子爵領を狙う貴族達が暗躍しており、辺境伯様と協力してライラに既に婚約者がいることで跳ね除けた。


 アル殿下の血統は王家ということで保証されているし、訳ありでなければ王族の血を子爵程度の貴族が入れる事はできないだろう。


 アル殿下が王族の直系と知る者にはそれだけで牽制にもなるし、王家と敵対しなければトロン家の格は大いに増す。


 知らない者でも魔法が使える従者との婚約であれば文句は出てこないし、貴族でも血縁者での交わりだけでは子供に悪い影響が出ることが知られているので血を薄める程度に思われるだろう。


 まぁ辺境伯様がもしアル殿下とライラの間に娘が産まれた場合、辺境伯様の直系の男子と婚約することが決められているが、これも必要な対価だろう。


 不安点はライラを一人娘だからと甘やかして育ててしまい我儘な性格になったことだったが、それも二年間親元から離れることで修正する事ができたし、アル殿下との距離感も悪くはない。


 ライラから話を聞く限り気になる異性としてアル殿下を見ているからだ。


 私の不安は杞憂に終わり、このまま順調に進んで欲しい。


 今頃アル殿下にジュンがライラの事を聞いているだろう。


 アル殿下に想い人がいればその人物を彼の妾にすれば良い。


 まぁ魔族の場合ちと問題があるがな。


 モア殿に聞く限りその心配は無いようだ。


 アル殿下にとってライラ以外は家族のくくりであり、ライラだけが外部から来たことと同族で異性として見ていることは確認済みだ。


 このまま順調に愛を育んで欲しい。


 それが私の一世一代の大博打なのだから。

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