アル君 ライラと絆が芽生える
トロン子爵の一人娘であるライラが来たため、皆で歓迎会が開かれた。
あれだけ出会った当初は偉そうだったのに今では借りてきた猫の様におとなしい。
食事が出され、皆が自己紹介をしながらライラに色々と聞くが、ライラは無難な返答をしながらも、食事に意識が向いているように感じた。
「そんなに美味しい?」
と俺がライラに聞くと
「初めて食べる食べ物が多くて、どれも美味しくてびっくりしているわ」
とのこと。
食事を終えて、俺はいつもの様に風呂を沸かした後に夜の鍛錬を始める。
最近では魔糸を使った攻撃方法を色々と模索していた。
魔糸は物を操るのにも物を切断するのにも、攻撃を防ぐのにも使える便利な魔法だと俺は思っている。
勿論切断するだけなら『ウインドカッター』という風を使った魔法だったり、そこそこ質の良い剣を使ったほうが物は切れる。
防御も魔力の壁を作る『バリア』とか土魔法の『ストーンウォール』という石の壁の方が防御力は高い。
じゃあなぜ俺が魔糸に拘るかと言うと、魔糸は魔力の消費量が少ないのだ。
勇者や魔王の様に膨大な魔力を持たない俺は、魔法を効率的に使いたいと常々考えている。
せっかく魔法を覚えられ、使えるからには人よりも上手く扱いたいという願望がある。
その為にはモア様より教わった魔力総量を少しでも増やすために筋肉をつけるトレーニングは欠かせないし、魔力の出力と制御の鍛錬も欠かせない。
『ライト』の魔法を周囲に幾つも浮かせながら筋トレをする。
腕立て伏せを十回する事に『ライト』の光球が一つ増えていく。
「九十八、九十九、百···ふ、ふぅ二セット目終了」
俺は浮かばせた光球に魔糸を伸ばして珠々の様に繋げていく。
繋げた光球を一纏めにすると光球同士がくっついて大きな光球へと変化する。
「魔力の塊だから合体するのか? いや、魔糸で繋げているから見た目だけは大きな光球になっているだけで、実態は複数個の光球なのか?」
俺の様子を風呂から上がったライラが見ているとも知らずに俺は鍛錬を続ける。
「ねぇ魔王、何でアイツはあんなに鍛えているの?」
魔王が話があると呼ばれたので、呼び出された部屋で外を眺めて魔王を待っていたら、同じ人間でパパが殿下と呼ぶ男子が上裸で体を鍛えていた。
光球を幾つも浮かせながら体を鍛えているのを見て、魔法使いなら魔法の鍛錬に集中したほうが効率が良いのにと思ってしまう。
ちょうど魔王が部屋に来たので私は魔王に問いかけた。
「彼は冒険者になりたいんだよ。そして英雄になりたいんだ」
「はっ···子供ね」
「否定するのかい?」
「英雄ってのはね、勇者がなるものなのよ。産まれからして違うの。凡人が幾ら努力しても魔王を倒せないようにね」
私は持論を述べる。
「私はそうとは思わないな。確かに勇者は生まれからして凄い力を持っているだろうけど、努力をしてきた凡夫が時にドラゴンを狩るみたいに努力は裏切ることはないんだよ」
魔王はそうは思わないらしい。
窓から鍛錬する彼をよく見ると確かに勇者と呼ばれる第二王子に瓜二つだ。
鍛えられた肉体も正直美しく感じる。
「ねぇ魔王、彼も魔法の才能は高いの?」
「いや? 魔法才能だけならライラちゃんよりも劣るね。ただ魔法使いの才能はピカ一だね」
「どういうこと?」
「肉体的な才能···魔力の総量とか出力とかはアルはライラちゃんに劣る···いや、アルは戦略的な魔法は魔力の総量的に使えないだろうね」
戦略魔法···才能ある魔法使いが戦争の戦局を左右することができるとされる大魔法で、それを使えるかどうかで宮廷魔導士になれるかに関わってくる。
ステム王国の宮廷魔導士は十二議席用意されているが、引退や戦死等で七議席しか今埋まっていない。
天才の私の夢はそんな宮廷魔導士で第一議席になることだ。
宮廷魔導士の上位議席ともなれば公爵と同等の権力を持てる。
貴族としてそれは魅力的でしかない。
「じゃあ魔法使いの才能がピカ一っていうのは?」
「質問に質問で返すけど、偉大な魔法使いって、ライラちゃんはなんだと思う?」
「偉大な魔法使い?」
私は手を顎に当てて考える。
「そりゃ沢山魔法が使えたり戦略魔法が使えたりすること?」
「違うね」
「新しい魔法を考えられる?」
「うーん、それも一つではある」
「わからないわ。答えはなに?」
魔王は
「効率よく殺す才能」
と言った。
「人しかり、魔物しかり、良い魔法使いは多くの人を瞬時に殺せるのを良い魔法使いと言う。逆に多くの命を助けるのは腕の良い治癒師だね」
私は窓の外の彼を指さして
「彼は人を殺す才能があるってこと?」
「そうだ。彼は魔法が好きなんだけど、好きなだけならば体を鍛える必要は無いよね。確かに筋肉がある方が魔力総量が増えると言う研究結果があるけど微々たる量だね。そんな微々たる量でも欲しているのは何故か? 英雄になりたいからだ」
「ここで英雄?」
「英雄の定義って何かなライラ」
呼び捨てで呼ばれた。
魔王はデカい胸と小さい顔を前に突き出し、私を試すように聞いてくる。
「普通なら才能のある人、人望のある人って答えるけど違うのよね?」
「あぁ、違うね」
「···人殺しの話に繋げるならば多くの人を殺した人が英雄って言われるんじゃない?」
「そうだね。昔の偉大な魔王がとある勇者にこういった。稀代の英雄と···それはその勇者が万を超える魔族の命を刈り取ったからね。魔族であるこっちからしたらその勇者の方を死神と呼びたくなるよ」
魔王は続ける
「万の敵を殺せばその人はその道の英雄と呼ばれるよ。でも彼がなりたいのは英雄譚に出てくるような本物の英雄だ。勇者が産まれた国やその周囲は必ず荒れる。特にそれが王族なら国が割れるのが歴史の定説だ。ステム王国の第一王子は勇者の弟の出現に気が気でないだろう。そして国王は宗教狂いだ」
「魔王あなたは何がしたいの?」
「私は過激な博愛主義でね。どんな種族の人々が手を取り合い助け合うことのできる国を創りたいんだ。そうすれば永遠の停滞から打破することができる」
永遠の停滞?
初めて聞く単語が出てきた。
魔王は続けて説明する。
「魔族も人間も争い続けてそれぞれの良さを取り込もうとしない。取り込んでも全て戦争に投入してしまう。人が多く死ぬだけでなんの進展も無い。国が起こり、拡張し、分裂を繰り返すだけ···分裂しない強固な国が必要なんだよ」
「その為には纏められる英雄が必要だ。それは人でなければならない。勇者や魔王では駄目なんだ」
「私は血を流し過ぎたし、それを悔いたからこうして人間との対話を模索している。共栄について本気で考えているんだ」
魔王の瞳にはどこか狂気を感じられた。
主義と宗教と薬は人を狂わせると言うけれど、魔王は理性を持ちながら狂気を孕んでいる。
私にはそれがとても恐ろしく感じられた。
「アルと仲良くしてあげてくれないかな。理解者が居ない人ほど悲しい人生は無いからね」
「わかったわ···」
私は魔王の雰囲気に飲み込まれてそう言うことしかできなかった。
魔王に言われたこともあるが翌日からアルに私は絡むようになった。
魔王に魔法を教わり、アルとよく模擬戦をした。
でいっつも私が負ける。
天才だと自負していただけに凄く悔しいし、何故負けるかを考えてみると魔法の効率で負けている事がわかる。
私が『バリア』を使うように魔糸を使って脅すみたいに、最小の脅威で最大の結果をもぎ取ってくる。
魔力総量は私が勝っているし、出力も私が上だ。
なのに負ける。
それだけ彼の魔法の練度と戦術が高いのだ。
負けて悔しいだけで終わるのではなく、勝つために私も努力を始めた。
彼の真似をして筋トレを始めた。
スタミナ切れで負けるのが嫌なので走り込みも始めた。
食べる量は増えたがみるみる体が引き締まっていく。
アルも最初は軽蔑の目で見ていたが、それが徐々に好敵手を見る目に変わった様に思える。
切磋琢磨できる友人として見ているのかもしれない。
また、戦い方だけではなく、私からアルに貴族のマナーを教える。
アルはマナーの面には疎かったが、私に馬鹿にされるのが嫌で必死に覚えてくる。
その姿がとても可愛らしく、努力する姿が格好良くて好きだ。
一年共に生活をして私達は友情だけでなく異性としての気持ちも芽生えつつあった。
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