アル君 自身の身分を知る 貴族の子女のライラと出会う

 八歳になった俺は今日も森で狩りを終えて、兎を数羽捕まえて屋敷に持ち帰ると、モア様が困った顔をしていた。


「モア様、どうかしましたか?」


「あ、アルお帰り。いや隣の国のステム王国は知っているよね?」


「ええ、まぁ···俺はそこで産まれたと聞いていますが」


「マギマ王国と隣接するトロン子爵家とは個人的な繋がりがあるんだけど、そこの一人娘が才能があるからと甘やかし過ぎてわがままな性格になってしまったから魔法の教育のついでに精根を直して欲しいって依頼なんだ」


「なぜモア様がそんな面倒臭い事をしなければならないのですか?」


「トロン子爵が私達が居るマギマ王国とステム王国との交渉役なんだよ。マギマ王国がステム王国から侵攻されないのは緩衝国ってのもあるけど、トロン子爵やその上の辺境伯が侵攻をストップさせているのが大きいね。だから私に利が少なくても受けざるえないんだよ」


「そんな依頼に利なんかあるんですか?」


「トロン子爵の一人娘を魔族に慣れさせる事ができるし、上手く教え込めば、柔軟な思考も持てると思うんだよね。まぁ傲慢な貴族よりも理解ある貴族が隣接していた方が安心だし」


「なるほど」


 モア様の中でトロン子爵の依頼を受けるのは決まっているらしい。


「多分、数カ月後に一度トロン子爵と話さなければいけないんどけど···アルも着いてくる? 産まれた国ってのもあるし、外に出てみたいんじゃないの?」


「いいの?」


「これも社会勉強だよ!」


 と俺は産まれた国であるステム王国に行くことになった。








「よし、準備はできたね!」


「はい!」


 貴族に会うということでタキシードと呼ばれる小綺麗な黒い服を着用して、モア様の手を握り、転移の魔法でステム王国に飛ぶ。


 転移の魔法は膨大な魔力と座標計算等が必要で、遠視の魔法でまず飛ぶ位置を視認して、安全を確認し、そこから対象の場所に移動する魔法である。


 俺が赤ん坊の時に拾ったのもこの魔法を応用した技術らしく、基本魔王か勇者しか魔力量的にできないらしい。


 飛ぶ前に魔法陣が足元に広がり、魔法陣の光が強まると視界がぼやけ、気が付くと広場の様な場所に出ていた。


 槍を持つ兵士達が俺とモア様を囲んでいる。


「ずいぶんと物騒な出迎えだねトロン子爵」


 モア様が向いている方向を見るとガタイの良い派手な赤い服を着た中年の男性が顎髭を触りながらこっちを見ている。


「久しいな魔王モア。直接会うのは八年ぶりか? 私の娘が産まれた時以来だろう」


「確かにそれくらいだね」


 どうやら中年の男性がトロン子爵らしい。


 兵士達もトロン子爵を護るようによく見れば立っている。


「やめやめ、警戒を解け。客人だぞ」


「「「は!」」」


 兵士達は剣を仕舞ったり槍を立てて警戒を薄める。


「初めましてかなアル君。いや、アル殿下」


 トロン子爵は俺を目の前でいきなり膝まづいた。


 俺は偉い貴族がいきなりこの様な行為に及んだ事に仰天し、慌てて自分も膝まづく。


「ハハハ、その反応だとモアは何も言ってないのだな」


「別にアルは私の可愛い息子だしー」


「モア様?」


 俺はモア様を見ながら説明を求める。


「アルは捨て子ってのは説明したけど、実は王族の捨て子何だよね。双子だからっていう糞みたいな理由で捨てるのはどうかと思うよ」


 トロン子爵は困った様な顔をしながら


「いやはや、王は信仰深いからな。私みたいな魔族と別け隔てなく交流できる者の方が少ないだろう。···さて、では屋敷の中で詳しく話しましょう」


 トロン子爵の案内で建物の中に入る。


 キョロキョロと周囲を見渡すと、遠くに壁が見えるので城塞都市と呼ばれる街の中にいるらしい。


 その中の領主の館はレンガ造りで堅牢かつ、広々とした印象を持った。


 入口に差し掛かった時に殺気を感じ、『サーチ』の魔法を発動する。


 すると屋敷の二階からこちらに攻撃する素振りをしている少女がいた。


 俺はトロン子爵とモア様を含め、魔糸で半球方のドームを作り、攻撃に備える。


 攻撃は土の塊···いや泥の塊で、俺とモア様に向かって飛んできた。


 泥の塊が魔糸に触れると魔糸の周囲が燃え上り、炎のドームで攻撃を防ぐ。


 トロン子爵は炎のドームに驚きつつも、泥の攻撃に対して意識が向かい


「ライラ! また悪戯をしたな!」


 二階の窓に向かって叫ぶ。


 どうやらライラという少女が今回の依頼の対象らしい。


 屋敷の応接室に案内され、メイドさんから茶菓子を貰ってモア様と子爵を待っていると、凄い不機嫌な少女とトロン子爵が入ってきた。


「ほら挨拶をしなさい」


「いや! 魔王なんかに挨拶したくない!」


「···はぁ」


 ふくよか···小太り···いや、デブだな。


 少女は全体的に丸い。


 顔も体も···深い青色の髪や同じく青色の瞳、高い鼻などパーツは整っているのだが、肉付きが良すぎて可愛らしいではなくデブとしか思えない。


 一応挨拶をしないといけないと思い、俺は彼女に近づいて


「初めまして。私の名前はアルといいま」


 と言っている途中に目の前の少女から平手打ちが飛んできた。  


『バチン』


 俺の顔に平手が命中し、体重とスナップの効いた一撃で俺はよろめいてしまった。


「無礼よ! 平民の分際で私の許可なく喋るなんて!」


 こ、この糞アマ···!? 


 ヒリヒリする頬を治癒の魔法で直ぐに治し、俺は再び少女に近づいた。


「何よ。不満げな顔」


 と彼女が言い終わる前に俺も彼女の顔面を平手打ちした。


 彼女は尻もちをついて唖然としている。


「一回は一回だ」


 俺は先程モア様を攻撃してきた事や、モア様への挨拶を拒否したこと、そして俺の挨拶の途中に平手打ちをしたことで普通にキレていた。


 小太りの少女は状況を理解したのか顔を真っ赤にして


「許さない! 絶対に許さない!」


 と言って空中に先端が尖った三角柱形の石柱を出現させると、それを俺に向かって発射してきた。


 俺は魔糸で攻撃を細切れにする。


 攻撃が効かないことに苛立った少女が更に強力な攻撃をしようとした所で


「ライラ、謝罪をしなさい」


「パパ! だってあいつが!」


「謝罪をしなさい」


 強い口調でトロン子爵がライラという先程の少女に言いつける。


 ライラは不服そうに


「ごめんなさい」


 と言った。


 俺もやり過ぎたと思い


「俺もやり過ぎた。ごめん」


 と謝罪し、一旦席に座る。


 モア様とトロン子爵も座席に座り、改めて自己紹介が行われる。


「まずは私から。トロン子爵領を統治しているマスル·トロンだ。で、私の一人娘の」


「ライラ」


 少女はそう一言吐き捨てる


「ライラ·トロンだ」


 父親であるトロン子爵が付け加える。


 こっちの順番になり、まずはモア様が自己紹介をする。


「魔王モア。名字は捨てたので今はモアだけね。で、こっちが」


「アルです。名字はありません」


 そう言うとライラは馬鹿にしたように


「名字が無いなんてこれだから平民は嫌ね」


 と煽ってくる。


 ただそれにトロン子爵が


「ご無礼をお許しくださいアル殿下」


 と言ってくる。


 父親の態度にライラは目を白黒させ、殿下という意味を理解したのか顔を真っ青にしている。


「やめてくださいトロン子爵、私はただの捨て子ですよ」


「捨てられたとは言え王族には変わりありません。モアよりあなたの事は聞いておりました。ただ政治的な理由でこうしてお会いすることが遅れて申し訳ありません」


 とトロン子爵は丁寧に誤ってくる。


 俺自身は殿下と呼ばれる立場であるということを今知った為に違和感が凄い。


「さて本題に入りましょう」


 モア様が場の空気を仕切り直す。


「ライラちゃんがステム王立学園に入学するまでの二年間、マギマ王国の私の屋敷で教育をする。その見返りにアルに王立学園で勉強を受けさせる。それが条件だよ」


「え? モア様?」


 俺は困惑の声を出す。


「アルは真面目で勉強熱心だからちゃんとした教育を受けた方が良いよ。魔法は私が教えられても人間なんだから人間社会の常識みたいなのも学んだ方が良い」


「···わかりました」


 俺は特に反論はしない。


「ライラも良いな」


「···はい」


 少女はか細い声で返事をする。


 最初の威勢はどこに行ったのか···まるで捕食される寸前の小動物みたいだ。


 モア様とトロン子爵の間で契約書をそれぞれ血印を押し、ライラを連れて俺達は即日マギマ王国のいつもの屋敷に転移するのだった。

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