アンナの林檎

ガラスメンタル

出港

 もののあはれをしるひとよ

このてがみをよんだなら

どうかわたしをみつけだして

ふしをもとめるすべてのひとよ

そのきもちをすてたなら

どうかあなたにしゅくふくを



 

 かつて、突如として現れた人類は、この世のどの生物より凄まじい進化を遂げた。

そんな人類を代表するように、無名だった生物学者アズラが、食べると不死になる林檎〝灰林檎〟を発明し、一瞬にして学問の頂点に君臨した。この発明は人類の最高傑作と称され、多くの人が賞賛と驚嘆と、そして畏怖の眼差しを灰林檎に向けた。全くの無名から転じて世界の科学者になったアズラだが、不死の製造方法を絶対に公開することは無かった。しかし、強欲なある国の王は、不死を手に入れるためアズラの一族の家を焼き払い、家族の命と引き換えに灰林檎の製造方法の開示を要求した。家族を涙ながらに見捨て、自らが鞭打たれることを選んだアズラは、極限まで痛み付けられ死が迫るとき、王の目を盗み、どこからか隠していた灰林檎を一口ですべて食べた。永遠の命を手に入れた彼だが、限界まで痛みつけられた体と心の傷は癒えることが無かった。しかし、灰林檎を食べた彼の血は、生物の寿命を平均の3倍まで延ばした。そして彼の肉を食べれば、不老になることが出来た。彼の血肉を食べた者の子孫もまた、同じ効果を得られた。賢者とされていた人でさえ、彼を求めた。王はアズラの肉体を利用し、不死の商売を始めた。しかしある日、肉も内臓も剥ぎ取られて骨だけになった彼を独占しようと持ち去った人間が居た。不老では飽き足らず、不死を求めていた人々は、骨を探すために民家を暴き、土を掘り、山を禿げさせ、川の水を抜いた。しかし骨も盗人も見つからなかった。やがてアズラの血を飲んだ者達の子らの平均寿命は300歳になった。そして代々、長い寿命を犠牲に、人々は何百年もかけて捜索隊を組んで骨を探した。

 掘り返された土から新しい命が産まれなくなった頃、大陸は人の住む場所では無くなった。彼らは新たなる生きている大地を求めて、海を彷徨った。そして、かつて大地震によって姿を現した海上活火山〝ウォルカ〟を発見した。ウォルカに住み着いた人々は、噴火に悩まされながらも順調に山を開拓していった。また、捜索隊の調査結果より、アズラが死ぬ前に複数個の灰林檎を作っていた可能性を見出し、人類はアズラの研究所とそこにあるはずの灰林檎を探すことにした。

 第22期灰林檎捜索隊が組まれたのは、人々がウォルカに移住してから約138年後だった。その捜索隊に、マグヌス・ヴィータはいた。

「野郎ども、さぁ船が来た。不死になる覚悟は出来たかい?いざ不毛の大陸に出航だ!」

「おいマグヌス!船の上で暴れんなよ。落ちて溺れぢんでも知らねぇぞ・・・まったく若けぇのはこれだから。」

「しょうがないさ。マグヌスはまだ50才だ。捜索隊の参加だって1回目だし、興奮してるんだろ。ほっとけよ」

ウォルカに住む人は、45才以上の年齢の者が捜索隊への参加を許される。また、人間が陸に住んでいた頃から組まれている捜索隊は、6年ごとに各地に派遣される。成果を挙げた者には多額の報奨金が出される。火口から離れた安全な土地ほど土地が高いウォルカでは、この報奨金をアテにして家族で噴火から逃れる為のシェルターを買う者も多い。

「絶対におれが灰林檎と製造方法を見つけ出して、歴史に残る偉大な探索家として愛する妹、アンナの学校の教科書に載るぞっ!あと報奨金で一等地のシェルターも買って、それからアンナの服、おもちゃ、一流の散髪屋にも行かせてやりたいし、靴だってオーダーメイドで・・・」

「若者の夢物語語ってないで、もう船が来たぞ!愛しのアンナちゃんにお別れ言いに行きな。ほら、あそこで待ってるぞ。」

船乗りが指差す船着場の下に居たのは、オレンジ色を頭から揺らす活発そうな少女だった。手には青く輝く貝殻を持っている。

「アンナ!来てくれたのか。」

「マギー兄さんっ。もう行くのね?」

マギーとは、アンナだけが呼ぶマグヌスの愛称だ。

「ねぇ、アンナも陸へ連れていってよ。兄さんだけが陸に行くなんてずるい!お願いよ。」

「駄目だ!」

マグヌスの海のような瞳が波紋を立てる。

「兄さんからもお願いだ。お前を一人にしてしまってすまない。でも連れて行けないよ。だってお前はまだチビだから。」

「なんでよ。私、ナイフだって使えるし、地図だって読めるのに!」

「アンナ。帰ってきたら沢山陸の話を聞かせてやるから。そして必ず、灰林檎を持ち帰る。それまで待っててくれ」

宥められたアンナは、少しぐずりながらも大人しく引き下がった。

「わかったわ。待ってる。私待ってるわ。でも、せめて代わりにこの貝殻を持ってて欲しいの。私と兄さんの瞳の色よ。私のこと思い出す為につけてって?」

アンナはマグヌスの首に手をまわし、貝殻のネックレスの紐をかたく結んだ。

「ありがとう。とても綺麗だ」

「おいマグヌス、もう出港すんぞ。早く乗れ」

「行ってらっしゃい!はやく帰ってきて!」

手を振るアンナを横目に船は動き出す。

「必ず!必ずっ!お前のもとに帰るよ!」

マグヌスは早足で甲板を駆け抜けて、アンナに手を振り返した。

それから10年後の事だった。

アンナの元に、欠けた貝殻が戻ってきたのは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アンナの林檎 ガラスメンタル @glasshart

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ