05

 万能侍女の職制を得てからも、わたくしはスルヴァーナ伯爵邸のメイドとして、真面目に働きつつ、自らのメイドとしての技能と知識を磨き続けました。

 さらに翌年、金貨3枚を寄付して再度「認職洗礼」を受けた結果、ついに憧れの「上級侍女ハイ・メイド」の資格を得ることができたのです。


 ──もしかしたら、わたくしが上級侍女になるのに足りていなかったのは、「女としての知識や身だしなみ、気遣い全般」、あるいは「女性としての肉体そのもの」だったのかもしれません。

 上級侍女ともなれば、仮に平民出身であったとしても、貴族の夫人や令嬢の身の回りのお世話をする「淑女付侍女レディーズメイド」となるのに、十分な能力と格が足りていると見なされるのですから。

 役柄上、少なくとも肉体的に女性でなければ問題がありますよね?


 そして──先日、初老のメイド長が風湿リウマチが悪化して退職したことから、メイド副長的役割を果たしていたアンネさんがそのままメイド長に昇格したのですが……。

 玉突きのようにわたくしも、彼女の右腕的存在、メイド副長ポジションに推されることになりました。


 「わたくし、まだ16歳(本当は15歳)なのですけれど……」

 「うーん、でも、この屋敷いえで、掃除・裁縫・洗濯その他のメイドとしての技術でアンタを上回るのって、それこそアンネさんくらいしかいないじゃない?

 上級侍女の職制も持ってるんだから、頑張ってみなよ」


 ローザさんも、そんな風に励ましてくださいましたので、僭越ながら微力を尽くす……つもりでいたのですが。


 旦那様──スルヴァーナ伯爵が、政治的に少々マズい状態に陥ったため、他の貴族に助けを求められ、その結果、政略結婚を行わねばならなくなったようです。


 「とは言え、メルキオールはゴルサム伯爵の長女と婚約しておるし、結婚まで秒読みの段階だ。今更破棄などすれば、今度はゴルサム伯を敵に回す」

 「あなた……ウチには、もうひとり息子が、ヨハンネスがいますわ」

 「! そう言えば、そうだったな。歳は幾つだ?」

 「確か、14歳、いえ15歳、だったかしら」

 「15ならそろそろ婿に出しても問題ないな。部屋住みの穀潰しから、子爵家の娘に婿入りして領地の代官にでもなれるなら、アヤツも大満足だろう」


 お茶を運んで来たわたくしは、伯爵夫妻りょうしんが、そんな風に相談しているのを小耳にはさみつつ、行儀よく一礼して部屋から退出しようとします。


 「そういえば、貴女、ヨハンネス付きだったわよね? あの子を呼んできてちょうだい」


 (その次男坊むすこは、今あなた方の目の前にこうしているのですけれどね)


 奥様ははに命じられて、心の中でそんなコトを考えつつもわたくしは「承知致しました」と答えて、自室──いえ、「坊ちゃまの部屋」へと足を運びました。


 簡素な木の机の引き出しから、(こんなこともあろうかと予想して用意しておいた)手紙を取り出し、小走りで奥様たちのもとへ戻ります。


 「奥様! コレが坊ちゃまの机に!!」


 差し出した手紙をひったくるようにして読むと、奥様はクラリと倒れかけました。


 「む! どうしたのだ、エレノア!?」


 慌てて旦那様が奥様の身体を支えます。


 「あ、あなた……あの子が、ヨハンネスが!!」


 奥様から受け取った手紙を旦那様は眉間に皺を寄せながら読まれています。



──もう、3年近くも家族とロクに顔を合わせていないこと。


──愛情はもとより、衣服や教育も両親から殆ど受け取っていないこと。


──貴族の子息としては完全に失格な身に育ってしまったこと。


──ここに至り、自分は見捨てられたのだと、理解したこと。


──ならば、せめて自分の足で自分の人生を歩むため、この家を出ていくこと。



 そんな内容が書かれているはずです(なにせ、私が書いたのですから)。


 「それでヨハンネスは?」

 「お部屋に坊ちゃまのお姿はありませんでした。詳しく確認はしていませんが、数少ない手荷物も持ち出されているようです」


 旦那様の問い掛けには、(演技だとバレないよう祈りつつ)震えながら、そう答えました。


 それを確かめるべく、旦那様は執事を呼び、「ヨハンネス坊ちゃま」の部屋へと向われます。


 「貴女、ヨハンネスの様子で、何か気付いたことはなかったの?」

 「そう言えば──最近はずっとふさぎ込まれていたように見えました」


 奥様に問われて、わたくしはしばし考え込むフリをしながら、そう述懐しました。


 「それと……」

 少しだけ思わせぶりに引っ張ってみせます。


 「それと?」

 「『もう、3年になるのか』と昏い顔で呟かれていました」

 「! あぁぁぁッッ!!」


 奥様は両手で顔を押さえ、泣き崩れられましたが、「一介のメイド風情であるわたくし」には、どうすることもできません。

 黙って見ないフリをするのが関の山でした。

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