04
“ハンナ”がメイドとして伯爵邸で働くようになって、1年あまりが過ぎた。
“彼女”の半月ほどあとに、16歳の少年が
現在も、伯爵邸のメイドとして──のみならず使用人としては、15歳(本当は14歳)になったハンナが最年少であり、他の使用人からは妹分的に可愛がられている。
この1年あまりのあいだに、「旦那様」こと(父である)スルヴァーナ伯爵に数回、「奥様」こと伯爵夫人(母)には十数回、屋敷で顔を合わせているのだが、ハンナが実は息子であることに、ふたりともまったく気付いていなかった。
もっとも、伯爵夫妻と遭遇した際は、ハンナは貴族の使用人らしく壁際に寄って立ち止まり、慎み深く頭を下げているため、顔をマジマジと見られたことはないのだが。
ちなみに、兄のメルキオールも学院を卒業して寮から出て、屋敷に帰って来たものの、参議である父の仕事を将来受け継ぐため、見習いとして忙しく動き回っているせいか、父以上に屋敷で遭うことは稀だった。
また、ヨハンネス時代との大きな違いとして、ハンナは(メイドとして当然だが)、買い物などのために屋敷の外に出ることも増えている。
「初めてのお使い」の時は、おっかなびっくりだったものの、アンネが同行してくれたため、何とか無事に済ませることができた。
それ以後も、週に1、2回くらいの頻度で主に商店街に出かける機会があり、結果、町の人々とも顔見知り程度の仲にはなっている。
あまり変わり映えはしないが平穏で充実した日々に、ハンナは満足していたが、アンネの薦めに従って、この一年間で貯めたお給金を使い、町の神殿のひとつで、ある儀式を受けることにした。
職制神ヘイロウの神殿で受けられるその儀式とは、「認職洗礼」と呼ばれており、平たく言えば某ダ●マ神殿等で行う「転職」のようなモノだ。
メイドとして伯爵邸で働いているハンナだったが、実は公的(あるいは世界システム的)には、現状「
対して、アンネの
単なる名目上の資格ではなく、実務面でも、掃除・洗濯・裁縫などの各種技能にも大きくプラスの補整がかかり、王侯貴族と接するための礼儀作法についてもきちんと一通り身に着いていることを意味する。
職制の影響力や信用度は、それだけ大きいのだが、とはいっても無条件に職に就くことはできない。
儀式を受けるには、平民にとっては安くない金貨3枚を寄進せねばならず、さらに職制ごとに「必要な技能」があり、事前にその技能に一定度合習熟している必要があるのだ。
ハンナが目指すのはもちろん「
そのため、ハンナはここしばらく、比較的苦手な分野であった料理についてアンネや先輩メイドたちに特訓してもらい、「中の上くらいの味」と言ってもらえるレベルにはなっていた。
「それでは次の方、こちらへ掌を置いてください」
職制神殿の神官の導きに従い、水晶でできた板のようなものに、自らの右手を載せる。
これによって、その人間が今“就ける”職制が判明するのだという。
「ハンナさんが就ける職制は──侍女、針子、子守、役者……おお、そして
水晶板に表示された情報を読み取った神官が驚いたように教えてくれる。
万能侍女は、その名の通り侍女から派生する職制で、上級侍女と通常の侍女の中間に位置する。
より正確には、「技能的には、ほぼ上級侍女に準じるが、何かが足りない」場合に表示される職制と言われている。
富裕層の平民で雇われているメイドの8割、貴族の家でも4割近いメイドが「無職」であり、普通の「侍女」の職制を持っているだけでも、それなりに重宝・優遇される。
「上級侍女」などメイド全体の3%にも満たず、それに準じる「万能侍女」も相応に希少な職制と言えた。
「ハンナさんは、どの職制に就くことを希望されますか?」
「はい、では、万能侍女でお願いします」
当然のことながら、ハンナはその万能侍女を選ぶ。
神像の前で
『汝の勤労する人生に幸多からんことを……』
光に包まれるハンナは、自分の“何か”が決定的に変わったことを、理屈ではなく心で理解していた。
「──終わりました」
立ち上がり、神官に導かれて再度水晶板に手を当てると、確かに「職制:万能侍女」と表示される。
「よかったですね、ハンナ」
「はい、アンネさん、今日はありがとうございます」
保護者代わりにと付き添ってくれたアンネの祝福の言葉に、ニコリと微笑むハンナだったが、こっそり耳元で囁く。
「あの……ご相談したいことがあるので、このあとも少しだけお時間をいただいてもよろしいですか?」
「ええ、今日はそのつもりで、一日お休みを取りましたから、大丈夫ですよ」
そうして同行した古着屋の試着室で、外出着(さすがに今日はメイド服ではなかった)を脱いで、下着だけになったハンナの身体を見て、アンネは絶句することになる。
なぜならば──小柄で痩せぎすとは言え一応ローティーンの少年だったはずのハンナ/ヨハンネスの身体が、全体にわずかに丸みを帯びた、同年代の少女のソレに変わっていたからだ。
やや控えめだが胸も乳房と呼んでよいくらいに膨らんでおり、ドロワーズをずり下ろすと、小さめながら股間に鎮座していたはずの逸物は見当たらず、若草の如き淡い繁みと女性特有の割目が確認できた。
「まさか……どうして?」
「たぶん、なのですけれど、これってヘイロウ様からの文字通り
おそらくはハンナの言う通りなのだろう。
そして、彼女自身がそのことを喜んでいるようなので、上司兼親代わりとしてのアンネも、この事実を受け入れることを決めたのだった。
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