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 その時以来、私──いえ、わたくしは、「スルヴァーナ伯爵家の次男・ヨハンネス」ではなく、「次男付きの新人メイド・ハンナ」として、このお屋敷で暮らすようになりました。

 「まだ小さい貴族の子女に、側付きをひとりも付けないのは体裁が悪いから」とアンネが主張して、屋敷で一番新米のわたくしにその役目があてがわれた形になります。


 そのおかげで、わたくしは「ヨハンネス様の部屋」に頻繁に出入りする口実を得たとともに、夜も隣接する小さな待機部屋(以前はアンネが暮らしていた場所です)で寝るようになりました。


 もちろん、元の自室ヨハンネスのへやも、新米といえどメイドとしてのプライドにかけて、綺麗に掃除をし、ベッドメイクなども整えてあります。


 また、万が一の時のため、小さな衣装箱内に「ヨハンネス」としての服もひと組だけ残してはありますが、成長期であるわたくしの身体にそれが合わなくなるまでの間に、その服の出番が来る事はおそらくないでしょう。

 ここ1、2年は、ただでさえ少ない“ヨハンネスの家族”と会う機会がさらに減り、いちばん頻度の高いで母さえ、最後に顔を合わせたのは半年前で、それすら廊下ですれ違って、ふた言三言、会話しただけなのですから。


 よほどのことがない限り、両親の方から“ヨハンネス”に接触してくるとは思えません。兄のメルキオールに至っては、物心ついた頃からすべてを合わせても、合計1時間も会話したことはないでしょう。


 客観的に見れば、ヨハンネス・アデル・スルヴァーナという少年は、貴族に生まれながら、下手な平民の子よりも(特に家族の情愛面で)恵まれない暮らしを営んできたと言えるのではないでしょうか。


 “私”が今までで一番深く関わり、会話してきたのはメイドのアンネで、基礎的な知識や世間の常識なども彼女から学ぶしかありませんでした。

 幸いだったのは、彼女が賢さと優しさと道徳観念を併せ持った女性だったことでしょうか。


 それでも、ヨハンネスは「この屋敷にいてもいなくてもよい子」、「半ば軟禁された無駄飯喰らい」でしかありませんでした。


 ですが──メイドとして働き始めた今の“わたくし”は違います。

 年若く未熟で、技術的にもまだまだ拙い面は多々ありますが、日夜メイドとしての仕事に励んでいますし、そのことを他の使用人の方々も褒めてくださいます。


 ──え? 「次男付きという建前なのだから部屋に待機していなければならないのではないか」?

 ふふっ、その辺りは抜かりはありません。


 「ヨハンネス坊ちゃまは、あまり手がかからない方なので、できる時だけになりますが、よろしければお屋敷の仕事も手伝わせてください」と、メイド長さんに話を通してありますから。


 これまで何もしない、いえ、出来ない/やってはいけない身であったぶん、今はむしろ忙しく働ける方がうれしいのです。

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