全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れVSマタドール

冬春夏秋(とはるなつき)

≠?


『奴には三分以内にやらなければならないことがあった』


 話の終盤、事態の一部始終を見ていた老人はそこで言葉を一旦止めた。


 ……瓦礫がれきの撤去は不満と雑談交じりに続いている。老人がふと空を仰いだのでそれにならって見上げる。台風一過のように澄み渡った青空だ。下界に起こった嵐など素知らぬ顔で、白い雲がするすると歩んでいく。錯覚、あるいは陽炎のように現実味の薄い砂煙だけが地平線の向こうで揺らいでいた。


 嵐――もとい、全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れは今頃、自分たちの行先に疑問を覚えているのだろうか。なんにせよ、この田舎で折れた標識が本来指示さししめしている場所にある中央都市には向かうまい。


「トレーロなら無事だろう」老人は思い出したかのように口を開いた。ついでに脇に置いていたテキーラの瓶を一口飲む。


 にわかに信じられるものではないので、もう何度目かの確認をする。老人は呆れたように、もう何度目かの同じ返答をした。


 ――その。、というのは本当の話なのか。


「曲げたさ」


 半円とはいかぬまでも、直角まではいかなくとも。たとえ5度か10度か、そんなわずかな差異だとしても。その闘牛士マタドール、と。


「トレーロは町一番の闘牛士だからな。都会の連中にとっては英雄かもしれんが」


 にわかに信じられることではないが。なにしろ全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れだ。彼の偉業なくしては、今頃都市部に直進し、この街と同様かそれ以上の荒野を生産していただろうことは確かだ。


 郊外でただ一人。彼方から迫り来る黒い嵐に、赤いマント一枚で立ち向かう英雄の姿を幻視する。


 ――そんな彼が、何をしなければならなかったのか。


 老人は笑う。笑ってテキーラの瓶を振った。


「……パインジュースを用意することさ。一仕事終えたトレーロはテキーラとライムを絞った段で、大事なモノを忘れたことに気づいた。奴にとってはそっちの方がよっぽど焦っただろうよ」


 。たしかに、パイン抜きは頂けない。


「なんにせよ儂らは少しの被害で難を逃れた。だが奴がさばく前に言ったことが気になってな。お前さん、何か知っているか?」


 ……?


 あいにくと当事者ではない自分に答えられることは少ないと思うが。


 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ。だが少し待って欲しい。もしやアレらはバッファローではなく……


なんじゃないか、とな」


 老人と二人して地平線に目を向ける。


 今となっては確認しようがない。どちらにせよ、絞るのがライムかレモンくらいの差だろう。

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全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れVSマタドール 冬春夏秋(とはるなつき) @natsukitoharu

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