3分間の逢瀬

こうちょうかずみ

3分間の逢瀬

 その男には三分以内にやらなければならないことがあった。



「三分で終わらせろ!時間厳守だ!」

「はい!」


 今日は3分か。短いな。


 ゴーゴーと轟音が鳴り響き、床が大きく揺れている。

 それでも今日の天候はましなほうだろう。

 たまに立っていられないほどの嵐に見舞われることもある。

 それでも仕事はこなさなければならないが。


 男は手早く工具箱を手に取ると、機体のもとへ向かった。


「始めるぞ、01ゼロワン

「はぁい!整備士さん」


 少女の形をしたその機体は、あちこちが損傷し配線が飛び出、プスプスと煙が出ているボディでニコニコと笑った。


「――なんだ、頭まではやられてなかったのか」

「えぇ!?急な悪口?」


 工具箱から仕事道具を取り出しつつ、男は口の減らないその顔をじっと観察した。


「目の破損が見られたからな」

「あぁこれ?本当、ギリッギリだったんだよ!かすり傷で済んでラッキー!」

「それを直すのは誰だと思っている」


 目の破損は左だけか。

 中の配線は――切れてないな。液晶を交換するだけで良さそうだ。


「そういえば、この前お花を見つけたんだよ!たぶん5年ぶり!白くて可愛らしいお花だったなぁ。整備士さんってお花見たことある?」

「気が散る。話しかけるな」


 腕のジョイントはダメだな。丸々交換だ。

 装甲の損傷は、数は多いがこの浅さなら強化プラスチックシートを貼るだけで事足りるだろう。


「相変わらずの塩対応。でも、たとえ私が話しかけようがなかろうが、整備士さんの手が止まるところなんて、私一回も見たことないんだから」

「仕事だからな」

「もう!」


 ダメになってた配線の取り替えも完了。

 あとはコーティング剤を噴射して――。


「経ったぞ!」

「終わりました!」


 コーティングを終えると同時に3分経過。

 今日も時間内にやり終えた。


「よし!01、ハッチヘ向かうぞ!」

「はい」


 新品同様綺麗になった機体は、今日も空へ飛び立つべく立ち上がる。


 ――――――――――


『そろそろだと』

『何が?』

『例の01の処分』

『まぁもう型落ちだしな』

『近々激戦区に特攻させるらしい』


 戦闘型ヒューマノイドタイプ01。

 戦地を駆け巡る女神を模した彼女は、軍が開発した戦闘用ヒューマノイドのプロトタイプだ。

 そしてそのプロトタイプは今や彼女しか残っていない。


 彼女が生み出されてから幾度となく最新機種が開発されてきた。

 しかし彼女は他のどの個体にも負けない圧倒的な強さを持っていた。

 それが型落ちとなってもなお、これまで彼女が廃棄されなかった理由だ。

 だが、さすがにそれでは問題が出てきたらしい。


 それを盗み聞いてからというもの、彼女を直すたびに思う。

 このまま工具をハンマーに持ち替えて、彼女をこの手で壊してしまいたい、と。

 どこの誰とも知らない敵兵に無惨にバラバラにされるのならば、いっそ自分の手で。

 そうすれば永遠に彼女とともにいれるはずだと。


 それでも――。



「整備士さん!」


 彼女はこちらを振り向き、いつも通り笑った。


「行ってきます!!」


 きっと、いつまでもいつまでも自分は彼女を直し続けるのだろう。

 なぜなら彼女は必ず帰ってくるから。

 そして彼女が帰ってくる限り、自分が完璧に彼女を直すから。

 完璧になった彼女は誰にも負けない。

 そしてまた戻ってくる。


 だから自分は飛び立つ彼女の背を見送るのだ。

 今日も、そしてこれからも。

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3分間の逢瀬 こうちょうかずみ @kocho_kazumi

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