【KAC20241】セキュリティーガードは胸の内で語る。

雪の香り。

第1話 お嬢様はしょせんお嬢様。

とある旧財閥の長にセキュリティーガードとして雇われている俺には、三分以内にやらなければならないことがあった。


それは、屋敷から抜け出した御年十八の蝶子お嬢様を連れ戻すことである。

あと三分でお見合い相手との約束時間。


メイクや着付けのことを考えると現時点でもうアウトなのだが、長いわく「蝶子はもともとの造作が整っているから、普段着にスッピンでも大丈夫だろう。とにかく時間までに身柄が確保できればいい」とのことである。


長がそれでいいのなら俺にも異存はない。

それにしても『ローマの休日』でもあるまいし、はた迷惑なお嬢様である。


俺は脳内で以前与えられた蝶子お嬢様の行動範囲、友人関係などの情報を組み合わせ、もしかしたらとお屋敷から数駅先に存在する今ではさびれてしまった植物園に向かった。


***


植物園の受付は、今にも寝落ちしてしまいそうにこっくりこっくり頭を揺らしている爺さんがやっていた。


俺は蝶子お嬢様の顔写真を見せて、この女性が来ませんでしたかと尋ねる。

爺さんはあっさり「ああ、来たよ」と頷いた。


内心で「よしっ!」とガッツポーズする。

約束時間は超過しているが、お見合い相手の家との力関係では雇用主側が強い。


ゆえに許される範囲……というか相手は許さざるを得ないだろう。

俺は料金を払って中に入ると、逃げられないよう足音をさせないように慎重に奥へと進んだ。


果たして蝶子お嬢様は……いた!

ベンチに座り、俺には花だということだけが確かで名前なんかさっぱりわからない植物を眺めている。


そっと傍に寄り「蝶子お嬢様、お探ししました」と話しかけると、お嬢様はびくりと肩を揺らして俺を見上げた。


「確か、おじいさまの護衛の内のお一人ですね。私のような小娘を探す役割など、不本意だったでしょうに」


それがわかるなら最初から逃げ出さないで欲しいんだが。

俺は心からそう訴えたかったが、ぐっと堪える。


「おそらく、お相手の方はもう到着しておられるでしょう。ですが、誠心誠意謝罪すれば破談は避けられるはずです。さあ、お早く」


無理やり引きずって帰ることができればいいのだが、そういった乱暴な手段は許されていない。


蝶子お嬢様は明らかに不快そうに眉間に深いしわを寄せる。


「そのお見合いが嫌だから逃げだしたのです。私は、結婚して家庭に入るなど絶対に嫌です」


俺は情報として蝶子お嬢様が大学受験を終えられたばかりであること、さらにその志望校は俺が仕えている長やそのご子息……蝶子お嬢様にとってのお父上……などの反対を押し切り、最高学府であったことを知っている。


名家のご息女の主な仕事は「社交で夫の仕事をサポートすること」だが、与えられた情報からも、実際こうして対面した印象からしても、蝶子お嬢様は上昇志向が強そうだ。


「夫のサポート」なんて脇役ではなく、主役を望んでいる。


「なにも逃げ出さずとも、ただご自分の気持ちを打ち明けて理解を求めればよいではありませんか」


俺は反論されるんだろうなと内心うんざりしながらそう提案する。

案の定蝶子お嬢様はキッと睨んできた。


「おじいさまもお父さまも、私が何を言っても『うん、蝶子の言いたいことはよくわかった』と頷いた上で『だけどね』と持論を振りかざすのです。わかったといいながら、全然わかってない。あの人たちは『意見は耳に入れる。だが採用するとは言っていない』と自分の考えが最善だと思い込んでいる堅物なのです」


偉い人ってのはそんなもんだ。

蝶子お嬢様は血のつながった可愛い相手だから「やんわり否定される」だけだが、部下が同じ言動をしたら即クビを切られて路頭に迷う。


まったく、これだから世間知らずのお嬢様は嫌なんだ。

俺は溜息を押し殺し「それならば、家族の縁を切って奨学金で大学に通いながらバイトでもなさったらどうですか?」と提案する。


蝶子お嬢様はぱぁっと輝くような笑顔になり「それは良い案ね!」と立ち上がった。


「さっそく、家に帰って宣言するわ! お見合いをぶち壊して、私は私の力で人生の第一歩を踏み出すのよ!」


と、意気揚々と俺の横を通り過ぎて走っていった。

現時点では家族と縁を切っていない以上、彼女はまだ俺の雇い主の「可愛い孫娘」だ。


しかたがなく後ろをついていきながら護衛をする。

それにしても「良い案」ねぇ……。


通学は常にリムジンの送迎車で行っていて、食事はシェフが腕を振るうコース料理で、たまにお母上の手作りのデザートに舌鼓を打ち、洗濯もメイドに任せて、こういった「学生の本分である勉強だけに打ち込める環境」があるからこそ、あなたは膨大な知識を得ることができた。


その「良い案」では、今まで自力でこなしたことのないそういった家事をこなしたうえで「バイト」という精神力も体力も激しく消費する苦行に数時間身を投じなきゃいけない。


それでも得られる賃金は現在与えられているおこづかいの十分の一にも満たないだろう。


あなたは精神的、体力的に疲弊した身でまともに大学に通い勉強できると思っているのか?


思っているんだろうな。

だから世間知らずっていうんだ。

本当に馬鹿馬鹿しく腹立たしい。


さて、彼女は説得されて蝶子「お嬢様」のままこの先の人生を歩むのか、本当に茨の道を選択して「ハッピーエンド」を手にするか「バッドエンド」に進むか。


ま、俺には関係がないね。

とにかく家に帰宅させれば今回の俺の仕事は終了だ。

あとは知らん。


***


無事蝶子お嬢様をお見合いの席につっこんだあと、俺は仲間と「お疲れ」とタバコを吸いながら雑談をしたのだが、どうやらお嬢様は「光合成建築」という植物が光合成するように建物が光エネルギーを吸収し発電しながら酸素を生み出す技術が開発されようとしている情報を耳にし、自分もそういう「人の役に立つ技術を生み出したい」と理想を抱き最高学府の理工学部を受験したらしい。


理想を抱くのは悪いことではない。

立派だとも思う。


だが、ただ自分の理想を貫くことだけを考え、与えられている多大な恩恵が「生まれた立場に伴った義務を果たしてこそ」もらえるものであるということに気づかず「単なるワガママ」になってしまっていることがいけない。


失くして初めてわかるという言葉は良く耳にするが、失くした後で気づいても遅い。


俺としては、雇い主が気落ちして仕事に支障をきたしても困るので、お嬢様にははやく現実を見て真実「ワガママ」ではないのなら覚悟を示して欲しいのだが。


さて、どうなるか。

それは神のみぞ知る。




おわり

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