第8話 何だよみんなでよってたかって
俺が牛舎に父以外の家族を連れて行くと、ルディは笑って俺の家族に挨拶をする。
「ここの管理を任されているルドルフ・フロンティアです。いつもエリク様には大変お世話になっています。こっちは僕の妹のマリベルです」
今更言うのもなんだけど、やっぱり様付けは恥ずかしい。最近でこそ開拓団のみんなも俺のことを呼び捨てにしてくれるようになったけど、最初は本当に恥ずかしかった。
「こちらこそ、うちのエリクが本当に、なんと言っていいのか……」
母はまだ泣いている。ミネルバの肩を借りないと立っていられないようだ。
「マリベルさんは牛の世話をここで?」
「はい、兄とエリク様と一緒に新種の牛の開発を手伝っています」
ルディの妹のマリベルはよく気の利く子で、俺なんかにも優しくしてくれる。なんか下心があるみたいだから俺はあんまり優しくしようと思わないけど、とりあえず良い子だ……俺には勿体ない、良い子なんだ。
「ここが牛舎です」
俺以外が和んでいると、遅れて父がやってきた。居たたまれない俺は目の前のバッファローを撫で始めた。
「ああ、これが例のお嬢さんか」
父の言葉に、ハンナ以外の全員がびくんと固まった。
「父さん、それはまだ……」
「まだなのか? こういうのは早いほうがいい」
父は俺にずいと向き直った。
「エリク、このお嬢さんをどう思っているかはっきり言いなさい」
「はぁ!?」
俺はマリベルを見て、ルディを見る。それから家族ひとりひとりを見る。ハンナは牛舎に慣れてきたのか勝手に探検を始めたようだ。
「そ、それが今一体何の関係があるって言うんだよ!」
「ヴァインバード家にとっては一大事だ。はやく言うんだ」
「い、言えるか! こんなところで!」
俺はルディに救いを求める。
「一体これはどういうことなんだ!?」
マリベルは確かにかわいい。一緒にいたいとは思う。でもそれはやはりルディに申し訳ないと俺は思っている。だけど、一体、何故俺はこの状態で詰問されないといけないんだ!?
「エリク……俺からも聞きたい。マリベルのことをどう思ってるんだ?」
「だから、なんで今なんだよ!?」
当のマリベルは顔を赤くしてルディの後ろに隠れてしまった。
「はっきりしなさい、エリク。このお嬢さんをどう思っているんだ?」
「……なんだみんなよってたかって! マリベル! 君はどう思ってるんだ!?」
「まずは君の意見だ。言うんだ、エリク」
何故か父とルディに問い詰められて、俺は渋々白状する。
「……かわいいな、と思う」
「それ以外に?」
「別に、それだけだよ」
「嘘をつくな」
なんでルディにまでこんなに怒られなきゃいけないんだろう……?
「ああ好きだよ! 悪かったな!」
すると兄の妻たちからわっと歓声が上がる。母はもうミネルバにしがみついていた。
「……でも、ルディやマリベルのことを思うと俺なんかが声をかけるのは失礼だと思って、言えなかった。でもなんでそれをここで言わなきゃならないんだ!?」
俺はマリベルの顔を見たかったが、ルディの背中に完全に隠れて見えない。
「悪かったな、エリク。でもこうでもしないと遠慮ばかりするお前は何も言わないだろう?」
ルディに言われて、俺はぐっと言葉に詰まる。
「だから父さんに相談して、それからヴァインバード子爵に相談してみるっていうことでお前に内緒で手紙を書いたんだ。そうしたら『それは一大事だ、今すぐはっきりさせに行く』ってお返事が……」
俺は父を見る。父も俺を見ないようにバッファローを撫でていた。
「か、家族サービスだ。お前のことはついでだ」
ここでようやく話が読めた。俺にマリベルとの仲をはっきりさせるためにヴァインバード子爵が開拓地の視察を後付けで計画。そしてその話を聞いて面白がったヴァインバード家一行で視察に来ることに。それで俺のヤケクソのマリベルへの告白を聞いてみんな満足、ってところか。
「父さん……」
俺はバッファローを撫でる父を見る。こんなところにわざわざ俺のために来てくれたんだ。それを俺は、勝手に悪く受け取っていたんだ。
「ごめんよ、父さん」
「なに、謝ることではない。お前には随分世話になっているからな」
未だに他人行儀に父は振る舞う。
「あの……エリク、様……」
ようやくルディの背中からマリベルが出てきた。
「様付けはやめろって言ってるじゃないか」
「でも、お父様がいらっしゃるでしょう?」
「まあ……そうなんだけど……」
マリベルは俺をじっと見る。
ああもう、言うしかないじゃないか!!!
「マリベル、君さえ良ければ、俺と、その……結婚、なんか、どうかな?」
精一杯の言葉を口にすると、マリベルは微笑んだ。
「はい、喜んでお受けします」
その場にいる、父以外の皆が歓声を上げた。父は相変わらず俺を見ていなかった。でも、今なら父が何故俺を見なかったかがわかる。俺も父も、お互いが恥ずかしいのだ。別に愛情がないわけじゃない。それがわかって、俺はひどく安心した。
「さあ、早速祝言の準備をしないと」
ルディは笑っているけど、泣いていた。俺も泣いて、そして笑った。
***
俺とマリベルの祝言はその日のうちに行われた。まるで俺の告白さえあればすぐにでも行えるのではというくらい準備が進んでいて、俺は自分の鈍感さを呪った。
開拓団のみんなも俺たちを祝った。ランドさんとルディ、そして俺の両親。みんな笑顔で俺とマリベルを囲んだ。こんなに幸せなことがあるのかと俺は自分が怖くなった。
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