第7話 俺のことはいいんだよ

 俺はルディと長毛種のバッファロー作りを始めた。しかし思うように成果が出せない。それと同時に開拓地は発展し、新しい住人が少しずつ増えてきた。牛の世話をする人、牛の肉や毛皮の売買を生業にする人、そして大地を開墾していく人たち。俺たちの生活は少しずつ豊かになっていった。


 俺が家を出てから5年、俺の父親のヴァインバード子爵が開拓地を見に来るという。しかも母親と兄夫婦2組も来るらしい。上の兄には子供が1人いるそうで、大所帯で物見遊山にでも来る気なんだろうか。


「嫌だなあ、今更顔を合わせるなんて恥ずかしいよ」

「そうですか、旦那様もきっと久しぶりにエリク様とお会いできるのを楽しみにしていますよ」


 ミネルバが素っ気なく言う。彼女の言うことに間違いはないのだが、俺はやはり父親が信用できなかった。


「そうかなぁ……」


 ただの手紙なのに、俺は父からの手紙が大変重苦しいものだとしか思えなかった。


***


 そして約束の日、ヴァインバード子爵は妻と息子夫妻たちを連れてタウルス高原を訪れた。


「おじいちゃま! ここがタウルス高原なの!?」


 はしゃいでいるのは上の兄の子供だろうか。俺から見ると姪にあたるのか。


「そうだ、走り回って怪我なんかするんじゃないぞ」


 女の子と一緒にやってきたのは、ヴァインバード子爵だった。俺に見せたことのない、いい笑顔だ。畜生、初孫がそんなにかわいいのか。いや、姪はかわいいか。


「ご無沙汰しています」


 俺は自分の父親に他人行儀に接する。もう5年も会っていないんだ、それに元からあまり顔を合わせたことがない。俺に対する情なんか持ってないとばかり思っていたけど、一体これはどういう風の吹き回しなんだろう。


「開拓は進んでいるのか? 新種の牛とやらはどこにいる?」


 やはり向こうも他人行儀だ。俺よりも開拓の方に興味があるのだから、当たり前か。


「エリク! 可愛いエリク! まあこんなに大きくなって、日にも焼けて……」


 父の後ろから久しぶりに会う母が飛び出してきた。確かに俺はここで暮らす間に随分背も伸びたし、牧場の仕事を手伝うようになって少し身体も丈夫になった気がする。母は俺を見ただけで既に大泣きに泣いている。すかさずミネルバが母を支えた。


「エリク、お前随分男を上げたじゃないか!」

「心配していたけど、立派にやってるじゃないか」


 兄たちも俺に注目する。今までそんなことなかったのに。


「なんだよ、みんな大げさだな……」


 家族のはずなのに、何故か俺は居たたまれなくなった。どうしても俺を笑いに来ていると思ってしまう。


「オズワルド様、開拓団長のランドです」

「おおランド君、君に任せてよかったよ」

「いえいえ、オズワルド様のご子息のおかげです」

「なに、アレが役に立つなんてそんなことは」


 父はランドさんに謙遜しているのだろうが、俺は少し傷ついた。


「なんだよ、せっかく頑張っているっていうのに……」


 誰にも聞こえないように俺は呟く。まだ泣いている母と、いろいろ話しかけてくる兄たちとその家族。


「そうだ、牧場を案内するよ」


 俺ではなくこいつらは開拓地を見に来たんだ。そう割り切って俺は村を案内することにした。上の兄の子供はよく喋り、よく俺に纏わり付いてくる。


「ハンナ、エリク叔父さんが気に入ったか?」

「うん、おじちゃん大好き! お日様の匂いがする!」


 ハンナは何故か俺に抱っこをせがむ。


「お、おじちゃん……」


 こらこら、俺はまだ20歳だぞ! なんだ、皆して笑うな! ほら、チビは同じくらいの子供たちと遊んできやがれ!


「ハンナ、うしさん見に来たんだよ! ヴァインバードの大きなうしさん!」


 仕方なく俺はハンナを抱きかかえる。それを見てまた母が涙ぐむ。


「ほら、ここが牛舎だ。うしさんがいっぱいいるだろう?」


 それまで生き生きしていたハンナは、牛舎に押し込まれているバッファローのかもしだす獣の圧に押されたのか、急に俺にしがみついてきた。


「大丈夫、このうしさんたちは怖くないから」

「……本当?」


 当たり前だ、大体俺の手から生み出されたバッファローたちだからな。可愛くないわけがない。


「エリク!」


 牛舎の中ではルディが手を振っていた。その隣には彼の妹、マリベルが一緒にバッファローの世話を手伝っていた。

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