第6話 子牛が生まれたよ
俺がタウルス高原に来てから3年が経った。
最初は怖かったけれど、すっかり俺は開拓団と打ち解けていた。勇気を出して話してみれば皆いい人だし、俺のことも理解してくれた。それどころか俺の身体が強くなるようにって祈ってくれたりする。赤の他人の俺をそこまで心配するなんて、みんないい人たちなんだろう。
そして、俺は折りを見てちょくちょくバッファローを高原に放った。バッファローたちは野生化し、高原でのびのびと暮らしている。バッファローがたくさんいることがわかり、開拓団ではバッファロー狩りをするようになった。これで肉と毛皮の供給には事欠かなくなり、俺たちの生活に少し余裕が出たようだった。
最初に捕まえたバッファローたちはすっかり家畜化されて、少しずつ自分たちで子孫を作り始めた。まだ開墾の手伝いまでは出来ないけれど、もう少し世代を重ねて更に人に慣れてくれば言うことを聞いてくれるようになるかもしれない。
「エリク様! ようやく親牛が産気づきましたよ!」
更にちゃきちゃちに磨きがかかったミネルバが血相を変えて俺を呼ぶ。開拓団では単に「牛」と呼ばれていたが、発見者である俺の名前を取ってこの世界でバッファローは「ヴァインバード牛」と呼ばれることになった。
「わかった、ミニー、今すぐ行くよ」
俺とミネルバは牛舎に向かう。破水したというバッファローの元にはたくさんの開拓民が集まった。陣痛に苦しむバッファローを前に、俺たちは子牛の誕生を見守った。
「おかしい、普通の牛ならそろそろ頭が出てきてもいい頃だ」
新種の牛の噂を聞いて開拓団に合流した酪農学者のウォレスさんが首を傾げた。親牛は更に苦しんでいる。
「難産になってるに違いない」
「誰かロープを持ってこい」
こういうとき、俺は無力だ。開拓民たちはウォレスさんを中心に少しだけ出ている子牛の前肢にロープをかける。
「いいか、俺の合図で引くんだ」
「もう少しだ、頑張れ」
バッファローの陣痛に合わせてロープが引かれる。するとずるり、ずるりと子牛が少しずつ出てくる。
「頑張れ、あと少しだ!」
俺はバッファローたちに声を掛ける。隣ではミネルバが祈っている。親牛の鳴き声と共に、新しい命がようやく姿を現した。
「出たぞ!」
「よかった、ちゃんと生きてる!」
開拓民たちが喜ぶ中、親牛は子牛を舐め回す。俺は自分のことのように涙ぐみ、ミネルバはエプロンで顔を覆っていた。そして俺はこのとき、実際にバッファローを見たときから考えていたことが実現できないかと思った。
***
少し広がった開拓地には、バッファローの牧場が出来た。そこの管理はルディを中心に行われていた。
「エリク、また一頭生まれたな」
「今度はメスだ。よく子を産む牛になると嬉しいんだけど」
俺は牧場主のルディに思いつきを相談することにした。
「なあルディ、この牛の毛皮は立派だろう?」
「この高原で生きていけるんだ、とてもしっかりしているに決まってるじゃないか」
この3年で俺たちは「ヴァインバード印の毛皮」としてバッファローの毛皮を少しずつ売りに出していた。それまで見たことのない分厚い毛に覆われた毛皮は飛ぶように売れ、希少品として認められてきているところだった。
「でも、もっと立派な毛皮が出来たら?」
「どういう意味だ?」
俺はルディに思いつきを打ち明けた。
「毛の長い牛と牛を交配させたら、長い毛を持つ牛が生まれる。その牛と牛たちを交配させ続ければ、もっと長い毛を持つ牛が生まれる」
「つまり……もっと毛の長い牛を作るっていうことか? それでどうするんだ?」
「しっかりしているけれど、毛皮は重い。たくさん売るなら毛織物だ。だけど今の牛の数では毛織物にするには量が足りない。それなら毛がたくさん生える牛を作るべきだ」
俺の思いつきにルディは目をぱちくりさせた後、俺の肩を揺さぶってきた。
「すごいじゃないかエリク! 毛の長い牛か! それは考えてなかったよ!」
俺はバッファローのもこもこの毛を見た瞬間、これは毛も売れるかもしれないと思った。しかし羊や長い毛の山羊に比べればバッファローの毛は短く、産業にするには圧倒的に足りなかった。
「なければ作ればいい、開拓団の精神に則っただけだよ」
最初から長い毛のバッファローも生み出せないかと何度か試したが、俺の手から出るバッファローは俺のよく知っているバッファローでしかなかった。
「よし、早速ウォレスさんに相談しよう。エリク、君も来るんだ」
「今は子牛の観察に忙しいよ、きっと」
俺はルディと一緒にこれからのことを考えるだけでわくわくしてきた。長毛種のバッファロー、誰もみたことのない牛を俺たち2人で作り上げるんだ。
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