第5話 深夜のバッファロー

 俺の右手から出てきたバッファローたちは村の外れで飼育されることになった。飼育と行っても囲いを作っただけで、エサを貰えるバッファローたちは喜んで囲いの中に入っていった。


「まさかタウルス高原にこんな巨大が牛が生息していたとは……」


 開拓団の団長ランド・フロンティアはバッファローの群れを見て素直に驚いているようだった。どうやらこの世界にバッファローは存在しないか、または未知の存在らしい。もしこの世界に既存のバッファローがいるとしたら、俺のバッファローと交わるようなことになれば生態系の破壊になったりしないんだろうか?


 そんな細かいことは開拓の前には行っていられない。開拓団では他にも牛の群れがいないか辺りを調査することに決まったようだった。


「どうするんだ、エリク?」

「どうするって、やっぱり隠れて俺が牛を出し続けるしかないだろう?」


 周辺調査を次の日に控えたある日の夜更け、ルディがこっそり俺のところにやってきた。


「それなら、一刻もはやく牛の群れを出さないと」


 ルディが俺の腕を引く。


「え、今から出かけるのか?」


 既に夜は更け、開拓民は全員夢の底に沈んでいる。俺も先ほどルディにたたき起こされたところだった。


「もちろん、この前より体調はいいんだろう?」


 俺はベッドから立ち上がる。確かに、具合が悪くてふらふらしている様子はなかった。深夜に誰かと出かけるなんて、前世でもやったことがなかったかもしれない。


「うん、今日は大丈夫そうだ」


 俺は外着を着て、ルディと共に村の外を目指した。十軒あまりある山小屋と倉庫を横切れば、あとは大自然しかないタウルス高原だ。ルディの手にするランプと月明かりを頼りに俺たちは村から離れていく。


「すごい星だな」


 俺は頭上に煌めく星に圧倒されていた。こんな景色、前世でも見たことがない。


「星なんて珍しいのか」

「ああ、こんな風にちゃんと見たことなかったかもしれない」


 そう言って、俺は何だかルディにバカにされるのではと恥ずかしくなった。またお坊ちゃんだからとか、貴族だからとかそんな風に言われるのが俺は嫌だった。以前よりそんな風に扱われることで、俺は無下に扱われている気がしてならなかった。どうせ俺のことなんか大して気にしていないんだろうなと、俺自身が強く引け目を感じてしまうからだ。


 転生する前は良いところの御曹司なんてちやほやされていいんだろうなって思っていたけど、ちっともそんなことはなかった。俺はヴァインバード家の者であって、俺自身ではない。いっそ俺なんかいなくてもいいのではと思う。


 優秀な兄たちなら、勇ましい開拓団の中に入って一緒に畑仕事をしたりしたのだろうか。俺にはそんなことちっともできるとは思えない。今こうやってルディについていくのが精一杯の俺が、開拓なんてやっぱり無理なんだ。


 そんな卑屈になる俺の心中を知ってか知らずか、ルディは空を仰ぐと天を指さした。


「それなら、あの赤い星を覚えておくといい。あれが村への目印だ」

「……そうなんだ」


 ルディは俺のことをバカにしなかった。それどころかそれから丁寧に目印になる星をいくつか教えてくれた。何だか俺は勝手にルディに対しても偏見で決めつけていたことが恥ずかしくなってきた。


「すごいね、何でも知ってるんだね」

「何でもではないよ、知ってることを知ってるだけ」


 するとルディは空を見上げるのを止めた。


「星の位置なんか覚えたって、開拓は進まないからね」


 寂しそうな声に思わず俺は言い返す。


「でも、君はすごいじゃないか。ウサギや山鳥を捕まえられるし、開拓団でも立派に働いているし……」

「そんなことないよ。たまたま父さんがこういう人だから、俺もこういうことが出来るだけだ。そんなこと言うなら、君だってすごいじゃないか」


 すごい? 俺が?


「正直、俺は想像できないよ。爵位のある家に生まれて、ずっと身体が悪くて家の中で好きに動き回ることもできないなんて。この前君と一緒に初めて外に行ってようやくわかった」


 具合が悪くてへばっているなんて俺にとっては日常のことだから気にしなかったけれど、ルディにとってはそうでもないようだった。


「最初は偉そうな奴なんじゃないかって思ったけど、君はちっとも威張らないし、みんなを気遣ってくれるし、それに……」


 ルディの言葉が止まったところで俺は混ぜっ返す。


「手から牛が出せるって言いたいのか?」

「そう」


 俺たちは笑った。星空の下で笑ってると、今まで俺がくよくよ考えていたことが全部どこかに行くような気がした。


「また来ようよ、牛とか抜きにして」

「そうだな」


 夜気は冷たいはずなのに、なんだか俺は暖かくなった。夜の高原には何もなくて酷く寂しくて、それなのに妙にこの場所にまた来たいと俺は思った。


「じゃあこの辺に出しておこうか」

「何頭くらいがいいだろう?」

「30頭くらいでいいんじゃないか?」


 俺はバッファローを適当に出現させる。ルディのアドバイスで雄雌と子牛をバランス良く出し、俺たちは赤い星を目印に村へ帰った。


 翌日、俺の出したバッファローの群れを見つけた開拓団は喜びに溢れていた。そして昨日俺の出した数と開拓団が発見した数は合っていなかった。どうやら何頭か分かれて広い高原に出て行ったようだ。このままバッファローは野生化するのか?


 今後タウルス高原がどう変化するのか、俺は少し楽しみになってきた。

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