第4話 バッファローに家族を作ろう

 右手からバッファロー召喚に成功した俺は、ただ戸惑うばかりだった。


「どうしよう……」


 とりあえず外に連れてきたはいいけれど、家の裏で子バッファローはブモブモとうろうろしている。だいたい獣の世話なんかしたことのない俺は、どうすればいいか全くわからなかった。


「無限にバッファローが出せるって言ってたよな。でもこのバッファローはどこからやってくるんだろう? 余所の次元からワープしてくるのか? それとも俺の右手から生成されているのか? この子バッファローの親は一体どこにいるんだ?」


 いろいろ気になることはあったが、そこは「ラッキーチャンス!」でもらった謎スキルだ。あまり深く考えないほうがいいに違いない。


「でもバッファローって何食べるんだ? そうだ、いっそ俺たちがこいつを食うとか……」


 ぶもぶも言ってる子バッファローを前に、俺は画期的な食料問題の解決案を見出した。そう思うとこいつもなかなかうまそうな顔をしている気がしてきた。それなら大人のバッファローをたくさん出せばたくさんの肉が得られるはずだ……。


「あの、ヴァインバードさんの……?」

「うわあ!?」


 思案に耽っているところで急に後ろから肩を叩かれて、俺は飛び上がった。


「ああ、驚かせて悪かったね。今日は山鳥が捕れたからお裾分けに来たんだけど……」


 俺が目を白黒させていると、鳥の死骸をぶら下げた奴は俺をよく見て改まった顔をした。


「ああ、君は、確か……ルドルフくん、だっけ?」


 彼は開拓団の団長ランド・フロンティアの息子のルドルフだったはずだ。俺と同じくらいの年頃の彼は薄茶色の瞳と同じ髪の色で、団長によく似ていた。


「ルディでいいですよ。エリク様」

「様はいらないんだけどなぁ」

 

 ルドルフ――ルディは俺が見つめるバッファローに興味を持ったようだった。


「それよりもこの牛はどこから来たんですか?」

「俺が出した」

「え?」

「俺の右手から出てくるんだよ、こいつが」


 今度はルディが目を白黒させた。


「ええ、そんないくら何でもご冗談を……」

「じゃあ見てろよ」


 俺は右手を突き出す。今度は大人のバッファローを三頭くらい出したい。二頭はメス、一頭はオスがいい。


「バッファローさんバッファローさん、おいでください」


 するとまた右手に衝撃が走り、次々に三頭のバッファローが目の前に登場した。子バッファローはおそらくメスバッファローにすり寄っていく。実はこいつら親子だったのではなかろうか。


「……こうやって出したんだ」


 ルディは持っていた山鳥を地面に落とした。まあ無理もないな。


「ええと、つまりエリクさ……エリクはその、魔法使いか何かなのか?」


 ルディは「様付けはやめろ」という俺の言葉をしっかり覚えていたようだった。


「まあその、そんな感じだ。これしか出来ないけどな」

「なんで今まで隠してたんだ?」

「隠していたというか、俺自身が出来るとも思わなかったんだ」

「そうかあ……やればできるのかあ……?」


 転生だのスキルだのという話はルディにはしないほうがいいだろう。


「あの、出来れば秘密にしてもらえると嬉しいんだけど」

「何故だ? こうやって牛を出せば開拓団の皆は喜ぶぞ?」


 ルディが首を傾げるので、俺は続けた。


「だって、右手から牛が出せるなんて、大勢に知られたら恥ずかしいだろう……?」


 確かにこういう場合、開拓団にとって俺のスキルは大変重宝されるだろう。しかし、それで俺を無駄に崇め奉られるのも非常に居心地が悪かった。


「そうか、牛が出せたら俺も……嫌かもな……」


 ルディも自分の右手をしみじみ眺めていた。わかってくれてよかった。


「わかった、誰にも言わない。でもこの牛はどうするんだ? 見たこともないぞ、こんな種類の牛は」

「どうしよう……野生で群れを作っていたところを君が見つけた、ということにしようか」

「でも野生の牛の群れが都合良く村の中まで入ってくるわけないだろう?」


 俺たちはバッファローの前でうんうん唸った。子バッファローは母牛らしきバッファローから乳をもらって、再度俺のところに戻ってきた。


「この子牛は君に懐いているみたいだから、このまま村のはずれまで誘導しよう」

「ええ、俺が行くの!?」

「君以外無理だろう? さあ、行くぞ!」


 俺はタウルス高原に来てから、あまり家の外に出ていなかった。それに、まだ体調も万全ではない。立っているだけで身体が重苦しいのだ。


「で、でもまだ身体が……」

「歩けなくなったら背負ってやるから」


 同年代の男に背負われるなんて、俺もとことん落ちぶれたものだ。


「でも君にも負担だろう?」

「いつも妹を背負って遊んでいるから大丈夫だ、俺を信じてくれ」


 真っ直ぐそう言われて、俺はなんだか恥ずかしくなった。


「……わかったよ。そこまで行って、新しく牛を何頭か出そう。そうすればより群れっぽく見えるよな」


 俺は時折ルディの腕を借りて村の外れまで行き、新たに十頭ほどバッファローを召喚した。立派な牛の群れになったバッファローたちは心なしか喜んでいるようだった。


「父さん! 見たことのない牛の群れがいるよ!」


 ルディは開拓団に報告に行き、こうして俺のバッファローたちは村の財産になることになった。

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