第2話 転生したけどいいことねえな
ラッキーチャンスとやらで転生した俺は異世界の貴族っぽい家の三男として生まれた。名前はエリク・ヴァインバード。見た目は金髪碧眼の如何にも異世界の貴族です、という容貌。流石に顔面のハズレはひかなかったようだ。
貴族なのでそれなりに生活は保障されていたが、転生時の取り決め通り俺の身体能力と知力はゴミだった。とりあえず勉強は人並みにそこそこできたけど、最悪なのは身体能力だった。病弱ですぐに風邪を引き、数か月に一度は熱を出して臥せっていた。子爵の父は俺を軟弱者だと言い、母は俺のことを可哀想なエリクと甘やかす。兄2人はそんな俺には目を掛けず、武芸と学問に励んでいた。
「僕にも体力があれば、兄様たちのように立派なことができますのに」
なるべく皆の前では貴族の坊ちゃんらしい振る舞いを心がけた。いきなり世間慣れした話し方をしていたら怪しまれると思い、俺は流されるまま病弱で可哀想なエリクを演じ続けていた。
「まあエリク、あなたは今のままでいいのよ。無理をしないで、優しい天使のようなエリクのままでいてね」
母のアマンダはようやく起き上がれるようになった俺の元へやってきて、いつも祈ってくれる。もうすぐ15になるというのに、まるで赤ん坊のように俺を可愛がる。そのせいなのか、兄たちはどことなく俺に冷たい。俺も野郎とは馴れ合う気が無いので別に構わないのだが、兄たちが2人で遊んでいるところに入っていけないのは少し寂しい。
「しかし……げほっごほっ」
「ほら、まだ熱があるわ。しっかり寝ていなさい」
俺は悔しくて仕方なかった。こんな身体なので身体を鍛えることはできない。長時間の勉強も難しい。俺はこのままずっと、ベッドの上で暮らすしかないのだろうか……。
「なんだよ、ラッキーチャンスじゃなかったのかよ……」
外で遊ぶ子供たちの声が聞こえる。俺だって遊びたいし、出来ないとわかると勉強だってしたい。
「健康って有り難かったんだなあ……」
前世で俺は健康面に関しては何の苦労もなく育った。年に一度風邪をひくくらいで、病気とは無縁の生活を送っていた。よく入院している子供が「みんなと学校に行きたい」というのを見て不思議に思っていたけど、確かに1人で具合が悪くて寝ているだけというのはとても寂しい。
「それにここにはネットも漫画もないからなあ……」
前世の俺はあまり人と関わるのが好きではなかった。誰かに干渉されるのが嫌で、いつでもひとりでいたかった。それも別に人が怖いとかではなく、ただ単に鬱陶しかっただけだ。理由もなくひとりでいる俺を学校の先生は心配するし、社会に出てからは特に誰にも気にされず生きてきた。それもこれも誰とも関わらなくても生きていける文明があったからだった。
今の俺は寝ているか起きているか、起きているときは母か家庭教師か使用人としか顔を合わせない。母以外は皆俺を「坊ちゃん」だと思って接する大人ばかりだ。俺を俺として扱う者がいない。兄たちは自分の用事が忙しくて、最近は俺と顔を合わすことも少なくなってきた。特に上の兄は結婚の話がまとまりそうだということで何だか楽しそうだ。
「結婚かあ。俺も、いつかは……」
しかし、そんな日が来るとは思えなかった。前世の俺も今の俺も、誰かと深く関われるとは思えなかった。
「別に、死んでもいいよな。どうせ俺はまたこの世界に何も残せないんだから」
このままある日風邪をこじらせてそのまま死ぬのではないかと、俺は不安で仕方なかった。
「入るぞ、エリク」
悶々と考えていたその日の夜、珍しく父が俺の部屋に入ってきた。ヴァインバード子爵、オズワルド・ヴァインバードは俺を見下した。
「何の御用ですか、父様」
「近々辺境のタウルス高原を開拓する事業に関わることになった。そこで、お前をヴァインバード家代表として向かわせることにした」
それを聞いて、俺は驚いた。
「タウルス高原ですか!? あんなところを開拓すると言うのですか!? それに代表なら兄様たちでも……」
「お前もそろそろ一人前だ。別に問題はないだろう」
父はもう俺を見ていなかった。
「でも僕はまだこんな身体で……」
「高地の空気は身体に良いと聞いた。この街にいるよりも元気になるだろう」
タウルス高原とは、この国のはずれに位置するど田舎だった。開拓と言えば聞こえはいいが、要は俺をこの家から厄介払いするつもりなのだ。出来があまり良くない上に年中家に籠もっているような男の面倒など誰もみたくないだろう。
「もう少し回復したら出立の準備をしろ、男は1人で生きていくものだ」
そう言うと父は部屋を出ていった。俺は何も言うことができなかった。
数週間後、俺はタウルス高原に追いやられた。きっとこの先、もういいことなんかないんだろうな。俺はど田舎で朽ちていくんだ。もうどうでもいいや、俺の人生。
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