第2話 マンザイ! バンザイ‼︎ VR

 成田は、吸い寄せられるように、雑居ビルの階段を一段、また一段と降りていった。


 階段の壁には、学生時代によく遊んでいた格闘ゲームや、シューティングゲームのポスターがびっしりと貼られていた。

 成田は、なつかしさを覚えながら、階段を一段、また一段と降りていく。 


「ん? なんだ? このゲーム??」


 ポスターの中に、見たことのないゲームを発見した。


『漫才師養成ゲーム。『マンザイ! バンザイ‼︎』相方のボケにタイミング良くツッコミを入れて、観客を笑いのうずにつつみましょう!』


 聞いたことがないゲームだった。ポスターはずいぶんと色あせている。昔のゲームなのかな?? 

 でも遊んでみたい。相方と練習できない今の自分にピッタリのゲームじゃないか。

 成田はわくわくしながら、どこまでもつづく階段をおりていった。


 五分くらいたっただろうか。ようやくついたその先には自動ドアがあった。ドアの奥からはピコピコとにぎやかな音がきこえて、ピカピカと楽しげな光が漏れ出していた。

 成田は、ゴクリとツバをのみこむと、自動ドアの前に立つ。


 ———ウイーン


 静かにドアが開くと、そこはブラウン管のモニターがびっしりと置かれた、ずいぶんと古めかしいゲームセンターだった。部屋は暗く、モニターの光がぼんやりと部屋を明るくしている。


 そうそう、こんな感じ。成田はわくわくしながら、それほど広くない店内をぐるりとまわった。そして、


「これかな?」


 成田は、『マンザイ! バンザイ‼︎』の前に立った。そのゲームは大型筐体のゲームだった。向かって右側にサンドバックのような素材でできた人形がおまぬけな表情をして立っている。


 でも、どうやって遊ぶのだろう? 成田が首をかしげていると、とつぜん、背中から女の人に声をかけられた。


「いらっしゃいませ! おおきに」


 いつの間にいたのだろうか、成田がふりかえると、目の前にメイド服を着たお姉さんがいた。がまぐち型のポシェットを肩からさげていて、胸まである明るい茶色い髪の毛をした、とっても美人なお姉さんだ。


 その瞳はアーモンドのような形をしていて、その目を、細く、細ぉくして、ニコニコと笑っている。


「ここは、十円ゲームセンター。お探しのゲームはありますか?」

「あの、このゲームを遊びたいんですけど」

「ああ、『マンザイ! バンザイ‼︎』やね。あいにくそのゲームは現在メンテナンス中です」

「そうですか……」

「かわりに、こちらのゲームはどうですか?」


 メイドのお姉さんは、不思議なゴーグルをとりだした。


「現在開発中の、『マンザイ! バンザイ‼︎ VR』です。いま最終調整中で、ちょうどゲームのモニターさんを募集中なんや。よかったら協力してもらえません? お代はいりませんので」

「は、はあ……別に、いいですけど」

「ありがとうございます。それじゃあ『マンザイ! バンザイ‼︎』の横に立ってください」


 成田が大型筐体の上に立つと、メイド服のお姉さんは成田の後ろに立った。


「ちょっと、かがんでくれます?」


 成田が言われるがまま中腰になると、メイド服のお姉さんがゴーグルをかぶせてくれる。

 このゴーグルをかけることで、VR……バーチャルリアリティの中でマンザイ体験をできるゲームなのだろう? けれど、


「ん?」


 ゴーグルをかぶった成田は首をかしげた。目の前に見えているのは、ゲームセンターだ。なにも変わっていない。

 成田が首をかしげていると、メイド姿のお姉さんが画面の中にひょっこりとあらわれた。


「どんな感じです?」

「どんな感じって……つける前と全然かわりませんけど」

「もっと、まわりをよく見てください」


 成田は、言われるがまま周囲を見回した。すると、


「おいおい、なに、ぼけーっと突っ立ってんねん!」

「ええ!」


 成田は、声をあげておどろいた。サンドバックが無くなっていて、かわりに見慣れた人物がいる。


「た、田戸蔵?」

「おいおい、なにハトが鉄砲玉食らったような顔をしてんねん。ほら、ぼけーとしとらんで、とっとと練習はじめるで‼︎」


 どういうことだ? これ、VRの映像……だよな?

 成田は、目の前にいる田戸蔵に驚いた。

 声も。顔もそっくりだ。太鼓腹がちょっとはみ出た、ピチピチのYシャツ姿のステージ衣装も完全再現だ。


「じゃ、成田、いつものように最初のあいさつからいくで!」

「あ、ああ……」


 成田は、とまどいつつも、『でんでん兄弟』のお決まりのフレーズをさけんだ。


「どーもぉ! 成田です!」

「田戸蔵です! 二人合わせて……」

「でんでん兄弟です! デデデン!」

「でんでん兄弟です! デデデン!」


 成田は、セリフを叫びながら右側を向いて、田無の腹に「パパパン」と張り手を三発かます。


 ボヨヨン!

(え? この感覚!)


 太った人間の腹の感覚が、ものすごくリアルに伝わってくる。

 成田は前をみた。


「ええ⁉︎」


 ゲームセンターだった部屋には、いつのまにかお客さんがギュウギュウにひしめきあっている。メイド姿のお姉さんも、最前列でニコニコしながら自分たちを見つめている。

 すごい、本当にステージ上に立っているみたいだ。

 成田が驚いているのをお構いなしに、VR田戸蔵は、ネタをはじめていく。


「俺な、お笑い芸人じゃなかったら、コックさんになりたいと思ってるねん」

「コックさん?」

「今から厨房でコックさんの練習するから、お前、ウエイターさんやってな!」

「ウエイター? あ、ああ、ええで!」


 成田は、受け答えをしながら「ん?」と思った。


 『でんでん兄弟』に、そんなネタないぞ!


 成田が戸惑っていると、メイドのお姉さんが、ニコニコしながらスケッチブックをかかげていることに気がついた。

 カンペってことか? 成田はそのセリフを読み上げた。


「注文入りました! トマトソーススパゲッティとカルボナーラ!!」

「はいよー!」


 VR田戸蔵は、とくい満面の顔で、料理のジェスチャーをしている間に、成田はふたたびメイドのお姉さんを見た。スケッチブックには、


『こっからはアドリブです! 四分間、あんじょうがんばってください』


と、書かれてある。

 なるほど、なるほど、VR田戸蔵のボケに合わせてツッコミをするわけか。

 VR田戸蔵は、料理のジェスチャーから流れるように料理を差し出すと、


「はい、おまち、トマトソース入りカルボナーラ!

 略して、トマボナーラ一丁上がり!」


 と、ボケをかましてきた。


「おいおい! 混ぜてどないするねん!」


 成田はすかさずツッコミをかえす。すると、観客から小さな笑い声が起きる。


「いや、これが結構いけるんや、ズルズル……うん、おいちぃ♪」


 そう言いながら、成田はパスタをたべるジェスチャーをする。

 観客からクスクスと笑い声が起きる。


「おいおい、なに勝手に食べてんねん!」


 成田は、VR田戸蔵の頭をはたきたおすと、VR田戸蔵は、さらにボケをたたみかける。


「ぶほっ! 鼻からスパゲッティでてもうた! びいんよよよーん! ごめんごめん、お前もたべたいねんな。はい、あーんしてー」

「うわ! 鼻から出てきたスパゲッティ近づけるな!」


 観客は大爆笑だ。


 その後も、VR田戸蔵はボケ続け、そのボケに成田はツッコミを入れるたび、会場はドッカンドッカンと爆笑の渦になる。今までの芸人人生でも、味わったことがないような大ウケだ!

 すごい! めちゃくちゃ気持ちいい‼︎


「ええかげんにせえ!」

「どうも、ありがとうございました」


 成田は、大喝采のなかネタを終了して、頭を下げた。

 あっという間の四分間だった。

 頭をあげると、そこはゲームセンターにもどっていた。そして目の前に、メイド姿のお姉さんがニコニコと笑いながら立っている。


「どうでした?」

「すごい! めちゃくちゃ臨場感ありますね」


 成田はVRゴーグルを外すと、メイド姿のお姉さんの質問に興奮気味に返事をした。メイド姿のお姉さんは、アーモンド型の瞳を細く、細ぉくして、うんうんとうなずいた。


「それは、よかったです。今日はもう閉店ですけど、しばらくここでテストプレイをやっています。よかったらまた来てください!」

「はい! 明日も絶対に来ます‼︎」

「あ、お帰りはあちらのエレベーターを使ってください。階段をのぼるの、大変ですから」


 成田は、メイド姿のお姉さんに案内されたエレベーターの中に入った。それは、不思議なエレベーターだった。ボタンがないのだ。階数を選ぶボタンも、開閉ボタンもどこにもない。

 不思議に思った成田がメイド姿のお姉さんに声をかけようとすると、


「本日は、ありがとうございました」


 メイド姿のお姉さんが頭を下げると、エレベーターは音もなく閉じてしまった。

 成田を乗せたエレベーターは、ギシギシと音を鳴らしながら、ゆっくりと上昇していき、一分ほどすると、音もなく開いた。


 そこは、雑居ビルの裏口だった。

 成田が振り返ると、エレベーターの入り口は跡形もなく消えていた。

 不思議に思った成田は、表通りに出る。

 そこにはあったはずのゲームセンターの手書き看板も消えている。


「どういうことだ?」


 もう閉店って言っていたから、あのメイド姿の店員さんが看板をかたずけたのかな?


 でも、どうやって?


 あの長い長い階段を、あのメイド姿の女性が、エレベーターよりも早く駆け登ってきて看板を片付けた?


 そんなバカな……。


 成田は、首をひねりながら、家へと帰っていった。

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