売れない芸人と10円ゲームセンター
かなたろー
第1話 うれない芸人の男
ふたりは、いまは板の上、つまりはステージにたっている。
ステージ上には、マイクがたった一本だけ。
そう、ふたりはいま漫才の真っ最中だ。
向かって左の特に特徴のない男がツッコミ担当の成田。向かって右の小太りな男がボケの田戸倉。コンビ名は『でんでん兄弟』。
今は有名な賞レースの三回戦の真っ最中だ。
持ち時間はひとコンビにつき四分間。一分ほどネタを進めたが、会場はシンと静まり返っている。
あと三分しかない。いやあと三分もある。ふたりは、しんと静まり返った地獄の空気の中、必死に持ちネタををやりつづけた。
「もお、ええわ!」
「ありがとうございましたー!!」
長い長い、四分間のネタ見せを終了した成田と田戸蔵は、にげるように舞台袖へとはけた。
「はぁ」
「はぁ」
これでは、とうてい三回戦突破はむりだろう。去年は、準決勝まで進めたのに。あれは偶然だったのか。
「じゃあ、田戸蔵。俺はバイトあるから」
「ああ。じゃあな」
成田の主な収入源は、週五日でシフトに入っているイタリアンレストランでのアルバイトだ。
お笑いの腕はちっとも上がらないのに、料理の腕前だけはめきめきと成長して、今では副料理長になってしまっている。
このままこのレストランに就職してしまおうか。そう考えたのは一回だけではない。でも、そう考えるたび、思いとどまっていた。
理由は、相方の田戸倉のネタの面白さを認めてほしかったからだ。
田戸倉の書く漫才のネタは本当に面白い。そして、小柄でずんぐりむっくりとした体形から放たれるボケの破壊力もなかなかのモノだ。
きっかけひとつ、そう、ほんのひとつのきっかけさえあれば、ブレイクをするポテンシャルを秘めている。そう、信じていた。
だから、レストランのバイトが終わった後、どんなに夜おそくなったときでも、静まり返った公園で、相方の田戸倉と一緒にマンザイの練習をする。それが成田の日課だった。
「おつかれさまっしたー」
成田は店を出ると、すぐに田戸蔵にチャットする。
だが、その返信は思いもよらぬものだった。
『わりぃ、バイト先で骨折した。今入院中』
それから一週間、成田はバイト先からまっすぐ帰宅する日々が続いていた。
「はぁ」
なんだか、今日は疲れたな。
相方の田戸倉と漫才の練習をしているときは、お店がどんなにあわただしくいそがしいときでも「疲れた」なんて思うことはなかった。
このあと、もっとあわただしくていそがしい、しゃべくりマンザイを繰り返し練習するのだもの。バイトなんかで疲れている場合ではないのだ。
でも、今は、いちばんやりたいマンザイの練習ができない。
成田は、はりつめていた糸がプツンと切れたみたいに、スッカリやる気をなくしてしまっていた。
おかげで最近は、アルバイトではミスを連発してしまっている。昨日はお皿を三枚も割ってしまったし、今日なんて、カルボナーラにうっかりトマトソースを入れてしまい、料理を台無しにしてしまった。
「カルボナーラにうっかりトマトソースを入れた? いくらなんでもうっかりしすぎちゃうか?」
「トマボナーラや! もったいないからまかないで食べたら、意外と美味かったわ!」
成田は独り言でボケとツッコミをつぶやくと、
「だめ……三十点」
と、もう一度つぶやいた。
田戸倉なら、もっと切れ味のある美味しいエピソードに変えてくれるのに。成田はとぼとぼと裏路地を歩いていく。そこで、奇妙なカンバンを見つけた。
「十円ゲームセンター? なんのこっちゃ」
そのカンバンは、商店街にある古ぼけた雑居ビルの道路わきに立てかけられていた。
『【十円ゲームセンター】最新ゲームから、なつかしのレトロゲームまで、すべて十円で遊べます! そこの目標を見失いそうになっているあなた! ゲームを遊んで、やる気を回復しませんか?』
立てカンバンの奥には、人ひとりがやっと通れるくらいの階段が地下へと伸びていて、その先を見ることはできない。
「こんなところにゲームセンター? 怪しいなあ。でも、ちょっとなつかしいかも」
ゲーム好きな成田は、その店構えにちょっとなつかしさを覚えていた。
成田が学生時代のころは、駅前の繁華街には小さなゲームセンターがひとつやふたつはあったものだ。成田も対戦ゲームをプレイするため、ゲームセンターに通ったクチだ。
でも、今ではとんとごぶさただ。今やインターネットで対戦ゲームもできる時代だ。
ましてや、十円のゲームセンターなんて。そんな価格設定で経営が成り立つのだろうか?
「ちょっと、気になるな」
成田は、吸い寄せられるように、雑居ビルの階段を一段、また一段と降りていった。
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