おっさんが壮大な何かに巻き込まれそうになる話。

みかんねこ

何かが始まりそうで始まらない話。

 俺には三分以内にやらなければならないことがあった。


 それは俺の家の玄関口で仁王立ちする、変な少女の言葉に答える事である。


 その言葉とは……────


「もう一度言います! 貴方が拾ったカードを私に譲ってください!」


 困惑している俺に痺れを切らしたように少女が再度言い放った。


 歳の頃なら16、7歳か?

 高校生くらいにみえる、それなりに整った顔立ちの少女である。

 学校ではさぞやモテるであろう。


 陽キャ側か。

 死滅しろ(冤罪)

 

 


 しかしカードか。


 困った事に、実は心当たりがある。


 カードはカードでも、クレジットカートやマイナンバーカードのような物ではない。

 さすがにそういった物ならば警察に届けている。

 俺は善良な一市民だからな。

 だから俺が落としたら警察に届けてほしい、お願いします。



 恐らく彼女が言うカードとは、だ。


 先日、春の陽気に誘われて散歩をしている最中に拾ったものである。


 まぁ、拾った瞬間に俺の指に吸い込まれるように消えて、変な言葉が脳裏に響いたから尋常な代物ではないと予想はしていたが。

 何かの物語の主役を務めるにはいささか歳を取っているが、それでもワクワクしたものだ。

 その結果、何かの物語に巻き込まれそうになっているわけだが。



「……お前さんが言うカードっつーのは、コレの事か?」


 指をパチンと鳴らすと俺の前に1枚のタロットカードが現れる。

 色々試していたら出来るようになったのだ。


 駆け引きを楽しんでもよいのだが、生憎俺は今忙しい。

 3分以内に部屋に戻りたい。


「あ、かっこいい出し方……」とか小さく聞こえ、この少女とセンスが似通っているという事実に悲しみを覚える。


 まぁ、厨二病と言われたら否定できない。

 男は幾つになってもそういうモノが好きなのだ。



 タロットを見てはっとした女が表情を引き締め、頷く。


「そうです、それを私に譲ってください!」


 びしっとカードを指さす。

 


 んー、マジかぁ。


 これ拾ってまだ3日だぞ、嗅ぎつけるの早すぎだろう?

 他のカードのありかが分かる機能とかついてるのか、まさか。


「これを欲しがるって事は、まさかお前さん全部集めるつもりか?」


 タロットを手に取り、ヒラヒラと振る。

 カードの作りは割としっかりしており、傷一つない光沢を放っている。

 気のせいかちょっと発光してんだよね。

 なにこれ、怖……。


 手に取った瞬間に脳裏に浮かんだ啓示は二つ。



 一つ目は、『すべて集めよ』だ。


 分かりやすい。

 

 きっとすべての大アルカナのタロットを集めろという事なのだろう。

 ワクワクする。




 二つ目は、『集めれば、現金10万円相当の願いを叶えよう』だ。


 

 そのスケールの小ささは一体なんなんだ。


 なんでそんなにみみっちいのか。


 確かに10万円貰えるならうれしい。

 でも、タロットカードを全部集めろっていう事なら、つまり22だぞ?


 ちょっと割に合わなくない?


 1枚当たり約4,545円だぞ?



 集めている時間で普通に働いたほうが良くない?



 と言うわけで、俺は完全に無視していたわけだ。

 俺にそんな暇はない。

 仕事してたほうが儲かるし。


 一応社会人で仕事をしている人間にとって、10万円はそこそこの金額であるが決して大金ではない。


 どっちかって言うとこんな非常識な物を所持しているという事が、俺にとって価値がある。

 SNSに写真を上げたら面倒な事になるのは予想していたので、自分一人で楽しむにとどめていたが。

 え、友達に見せなかったのかって?


 俺に友達などいない。




「お金が欲しいなら働いたら? そこのコンビニ、バイト募集してたよ」


 大人として全うな道を示してやる。


 楽して稼ごうとしてもなにもいい事無いぞ。

 突き詰めるとそれはパパ活とかになっちゃうぞ。

 生きていく上でコスパだけ考えると、後でひどい目にあうよ。


「それに、今日は平日だ。君、学生だろ? 学校は?」


「うッ」


 思わぬ追及にたじろぐ少女。

 警察に補導をお願いしたほうが良いのか?


 もしもしポリスメン?

 なんか変な女の子が家に……────

 あ、なんで俺の方に手錠をかけるんですか?


 やはり通報は無しだ。


 サボりはあまり感心はしないが……あまり追及するのも可哀想だな。

 青春とはそういうモノだ、うん。



「で、でも……! 私にはそれが必要なんです!」


 なにやら思いつめた様子で、必死に食い下がる。


 ふむ。


 なにやら訳ありのようだ。

 まぁ、欲しがっている人の元に渡るのが一番か。



 ……それにそろそろ3分経つしな。

 とっとと切り上げよう。


「分かった、いいよ。譲ろう」


 俺は頷き、タロットを差し出す。

 それを見て少女はぽかんとしばし放心する。

 なかなかのアホ面である。


 いいからはよ持っていけ。


「ほれ、さっさと受け取れ。俺にはやることがあるんだ」


 なかなか動こうとしないので、タロットを彼女に押し付ける。


 その瞬間、俺の中からタロットから与えられた「力」が抜け落ちたのが分かった。

 きっと所有権が彼女に移ったのであろう。


 少し勿体ないが、元々持っていなかった力だ。

 無くても問題は無い。


「い、いいんですか?」


 タロットを胸に抱き、おずおずと尋ねてきた。

 何の対価も求めず渡されたのが相当意外であったらしい。


「お前が欲しいって言ったんだろうが。いいんだよ、持ってけ」


 そう言いながら手をヒラヒラと振って玄関のドアノブに手を掛ける。

 俺は忙しいのだ。

 それにあまり長時間未成年と会話していると、近所の人から通報されかねない。


 道訊ねられて案内してたら通報された事、俺は忘れないからな!

 成人男性には生き辛い世の中である。


「あ、ありがとうございます! この御恩はいつか必ず……!」


 ドアが閉まる瞬間、彼女のそんな声が聞こえる。

 いらんいらん。

 拾ったものを譲っただけでそんな恩に着る事もないだろう。


 できたらもう来ないで欲しい、俺の平穏な生活のために。


 面倒事はご免である。

 俺はずっとそうやって生きてきた。




 まぁ、トラブルを避けるためにすんなり渡したのもあるが、もう一つ理由がある。


 俺が手にしたタロットのアルカナは『吊るされた男ハングドマン』。

 得られた力は「直観(9,800円相当)」。


 その力が囁いたのだ。


 『渡した方が、より良い結果になる』と。





 部屋に戻り、テーブルを見る。


 ちくしょう、やっぱり3分すぎちまった。

 しょんぼりしながら、麵がのびてしまったカップラーメンを啜る。

 少し遅くなったが昼食のつもりだったのだ。


 あの子は昼飯時を避けたつもりだったんだろうけど、なんとも間の悪い事だ。

 きっと悪い子ではないのだろう。



 ……あいつ、一体何を望むつもりなんだろうなあ?


 汁を啜りながら考える。



 10万円相当の願い、ねえ?

 

 少しだけ興味が湧く。


 今度会う事があったら聞いてみるか。

 まぁ、二度と会う事はないだろうがな。


 そう思い、一人笑った。




 その後死ぬほど彼女と関わる事になったのは、また別の話である。

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おっさんが壮大な何かに巻き込まれそうになる話。 みかんねこ @kuromacmugimikan

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