走れコッペパン
すずきまさき
危険なので、廊下は走るな
僕には三分以内にやらなければならないことがあった。
時刻は11時58分。もうすぐチャイムが鳴り、午前中の授業が終わる。それが合図だ。
それとは?決まってる。購買の始業時間だ。
普段は教室の隅で目立たぬよう過ごしている僕だが、今日だけは誰にも譲りたくないものがあった。
毎月第2木曜日にだけ売られる、先着1名限定パン──なんの変哲もないコッペパンにしか見えないそれが、食べた人に特別な幸運をもたらす、そんな噂が流れたのはいつからだっただろうか?
たまたまそのパンを購入した生徒がその日のうちに失くし物を見つけたとか、コンビニの景品くじでA賞を引き当てたとか、そんなちょっとしたことが積み重なって、今ではガチャの最高レアを当てたいとか、宝くじで一攫千金を狙おうなんて輩も出てきて、ちょっとした福レースの様相を呈していた。
ただし、フライングはNGである。
12時の終鈴が鳴る前に廊下に出ている生徒は(どこで見ているのか分からないが)その日の限定パンの購入資格を失うのだ。
なので、チャイムが鳴るのをじっと待ち、授業終わりになると教室を飛び出して(廊下を走っていると教師に見咎められないギリギリの速度で)購買目掛けて急ぐのが恒例行事となっていた。
自慢じゃないが、僕は帰宅部で運動もそこまで得意な方ではない。正攻法で挑んでいては、昼時に急ぐ全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れめいた競争相手たちに太刀打ちすることはとてもかなわない。
だから。
「もう、だいぶ気分も良くなりました」
そう養護教諭に告げて、保健室のベッドから抜け出す準備を始めた。
もちろん仮病だ。
罪悪感をおくびにも出さず、養護教諭との会話も不自然に急かしたりもせず、まんまとチャイムが鳴りだすタイミングで僕は廊下に躍り出た。
ここからだ。
保健室から購買までは、教室棟からよりもだいぶ近い。
本来1分半~2分かかる距離だが、ここからなら1分弱で辿り着ける。
小走りで廊下を通り抜けて、購買に辿り着いた時にライバルの姿がまだ見えなかった時には、小躍りしたい気分にもなった。
あとは、この行為がルール違反と判定されなければ──。
「他人を欺いて福を得ようとするやり方は感心しないね」
目当ての物を指差した僕にかけられたのは、そんな言葉だった。
血の気が引く感覚。やっぱり僕が抱くには大それた望みだっただろうか?
「でもまあ、酌量の余地はありそうだ。今回だけだよ、持ってきな」
どこまで見透かされているのだろうか?
空恐ろしいものを感じながらも、僕は2つ分のパンを買って、自分の教室に戻った。
「あの、さ。昨日は悪かった。コレやるから一緒に食おうぜ」
2つ分のパンの包みを軽く掲げて、なんでもないように、いつもみたいに笑って告げた僕に、アイツは何か気付いたかな?
病気だとか、はたまた親の仕事の事情だとかで、遠くの街に行くって噂を聞いて、どうして言ってくれなかったんだ、って問い詰めても、唇を噛んで何も言ってくれなかったよな。
せめて餞別に、君に幸あれと心から祈るよ。
「……そっちのパンの方が美味そうなんだけど。せめてジャムとか付けてくんない?」
「お断りしますぅー。意地っ張りにはプレーンパンで十分ですぅー」
「うっわウザ。友達やめよっかな……」
走れコッペパン すずきまさき @schemeA
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