12 今回は
「やはり、魔女の魔法か……」
レオナルドは過去に絶対に裏切らなかった側近たちだけを集めて、極秘の会議を行っていた。
議題は、皇后派閥から押収した魔道具の不可解なマナ。最上級の魔道士たちの綿密な調査の結果、かつて魔女が操っていたマナと同様のものだと判断されたのだ。
「しかし、不可解な点があります」と、皇太子の最側近のアルヴィーノ侯爵が言う。彼は過去六回、全て主を庇って死んだ――レオナルドの最も信頼している腹心だった。
「なんだ?」
「魔女の魔法と言っても、人工的なマナを感じます。これは魔道具を介して、いくつかのマナを混ぜ合わせ魔女のマナを再現したものかと」
「なるほど。では、あちらには魔女のマナを再現できるような魔導書を所持している……ということか」
「おそらく」
ふぬ……とレオナルドは思案する。
帝国法で禁じられている魔女の魔法に関するアイテムは、全てが宮廷で厳重に管理されていた。皇帝の宮殿の近にある宝物庫の、何重にも鍵のかかった特別な部屋に封じられているのだ。
それに手を出せるのは皇帝と、他は皇后と皇太子のみ。
(大胆だな)
皇太子の宿敵である皇后は、たしかに過去も凄まじい行動力を発揮していた。
もとは皇后になれるような生まれではないのに、デビュタントを迎えてからあっという間に成り上がっていったらしい。
十中八九、魔女の魔導書は彼女が持ち出しているのだろうが、仮に悪用が露呈すればいくら皇后といえど無事では済まされない。
(その危険を冒してまで賭けに出たのか。勝算があるということか……?)
過去に自分が処刑された後のことは分からない。だが今の段階で危ない橋を渡っているということは、皇帝さえも出し抜くつもりでいるのだろう。
「引き続き、あちらの監視を続けてくれ。だが無理はしないように。命の危険を感じたら逃げていい」
ここにいる全員は、皇太子のために何度も命を落とした。今回も同じ轍を踏ませたくない。
「承知いたしました」
「それと、もう一つ――」レオナルドは少し躊躇う素振りを見せてから「ダミアーノ・ヴィッツィオ公爵令息と……キアラ・リグリーア伯爵令嬢、この二人の監視も頼む」
ヴィッツィオ公爵令息はともかく、完全にノーマークだったリグリーア伯爵令嬢の名が上がったことに、臣下たちは驚きを隠せなかった。困惑した顔で皇太子を見る。
「まだ憶測の域に過ぎないが、伯爵令嬢は公爵令息から脅迫されているかもしれない。皇后派閥の陰謀の道具にされる可能性がある」とレオナルド。
彼は令嬢が恋心から婚約者の言いなりになっているとは口が裂けても言えなかった。
現段階では己の想像であるし、仮に本当だとしたら、彼女の名誉のためにも伏せておかなければならないと思った。
……いや、本当は
同時に、脅迫あるいは恋愛感情を弄んで婚約者を支配している公爵令息に対し、憤りを隠せなかった。純真な令嬢の心を利用して悪事をさせるなんて、許されることではない。
「それから……ヴィッツィオ公爵令息から、この魔道具と酷似しているマナを感じた。監視の際は十分に警戒するように」と、彼は大事な事実も付け加える。
あの凱旋パーティーの日、ダミアーノからはたしかに妙なマナを感じた。人工的な魔女のマナだ。おそらく彼は、皇后から下賜された魔道具を使用しているのだろう。
しかしキアラからは、同じ魔女もどきのマナでも異なる力を感じた。
本能的な直感ではあるが……あれは本物の魔女のマナだと思う。
それを確かめるためにも、もっと彼女に接触したほうがいいだろう。あの魔力が皇后派閥に渡ったら非常に不味い。
レオナルドは臣下たちを見渡してから、
「キアラ・リグリーア伯爵令嬢は俺も監視に加わる。今後は執務に余裕がある際は俺が直接見よう。気になることがあるのだ」
「えっ…………」
レオナルドのとんでもない発言に、側近たちは絶句した。監視を命令する立場の皇太子自らが足を運ぶなど、通常ならあり得ない。
なにより、殿下が個人的に異性に興味を示すなんて。
(まさか……殿下は伯爵令嬢に横恋慕しているでは…………?)
側近たちは波のように一斉に嫌な予感が走り、静かにざわついた。
◇
「キアラ様、ついに我々のお店がオープンしますね!」
「えぇ。ここまで来られたのもあなたのおかげよ。ありがとう」と、キアラはピカピカ光る金貨をこっそりと一枚手渡す。
「ま、まいどーっ!!」
途端にジュリアの顔が上気した。ふんふんと興奮して、相変わらず分かりやすい侍女に、キアラはくすりと笑う。
キアラの事業の一つである女性向けのブティックが、首都の街に開店した。
過去六回分を生きた彼女は当然ドレスの流行を熟知しており、この知識は大いに役立つと考えたのだ。自分にとって身近なもののほうが、商売も上手くいくはず。
だが実のところは、好みのお洒落を楽しみたいとずっと願っていたのだ。
キアラは過去はいつも目立たない装いをしていた。ダミアーノが婚約者が着飾ることを嫌がったのだ。曰く、淑女たるもの慎ましくいて欲しいらしい。
くすんだ色の地味なドレス。それが、キアラの制服だった。
それも婚約者の裏で、マルティーナ・ミア子爵令嬢が絡んでいることを、キアラは後になって知った。婚約者の恋人は、野暮ったいドレス姿の伯爵令嬢を他の令嬢と一緒になって陰で馬鹿にしていた。
そんなマルティーナのドレスや装飾品はダミアーノが買い与えていた。彼は大事なお人形を飾るために、婚約者用の予算もほとんど愛しの恋人に注ぎ込んでいたのだ。
そのくせに、キアラが家門からの予算でお洒落を楽しむことも許されていなかった。
彼女がちょっと流行りのドレスを着ようものなら「公爵家に嫁入りする令嬢がふしだらな格好をして恥ずかしくないのか」と、酷く叱責された。
あの頃は彼の機嫌を損ねることがただ恐ろしくて、彼の言うことを唯々諾々と従っていた。
でもそれも全てミア子爵令嬢の嫌がらせであることが、今では既に分かっている。彼女は、ただ伯爵令嬢を貶めることが楽しみのようだ。そこには何の思想や信念もない。ただの幼稚な嫌がらせだった。
でも、今回は違う。
キアラは首都に構えるブティックのオーナーなのだ。店の権威を示すためにも、常に流行の最先端でなければならない。……と、ジュリアが口を酸っぱくして言っていた。
ジュリアの発案で、オーナーのキアラ自身が店の広告塔として、最新のデザインのドレスを纏うことになった。
彼女は最初は柄にもないと辞退したのだけれど、ジュリアが強引に話を進めて、あまつさえ勝手にドレスも用意していたので渋々承諾したのだった。
今日のために用意したドレスは帝国では珍しいマーメイドラインで、長身のキアラのスタイルの良さが際立っていた。
店に訪れる令嬢や夫人たちは、チラチラと伯爵令嬢を見ている。彼女たちの眼差しは羨望で満ちていて、キアラはなんだかくすぐったい気分になった。
こんなに好意的な視線を浴びたのは初めてだ。何度回帰しても、公爵令息の婚約者である伯爵令嬢に良い噂はなかったから。
ちなみに赤い目は、ジュリアの家門の商会が用意してくれた魔道具で、もとの赤茶色に一時的に戻すことができた。まだ試作段階で不安定な面もあるが、しばらくはこれで乗り切れるだろう。
七回目にして、初めての経験。
ダミアーノから逃れることが目的なのに、キアラの胸は踊っていた。彼の指示ではなく、自分の意思で動くってなんて自由なのだろう。
それもこれも、お金があるおかげだ。だからもっと稼いで、婚約破棄の慰謝料なんかさっさと払って、残りの人生を謳歌しよう。
だが彼女の明るい気持ちは、そう長くは続かなかった。
それは大盛況で華々しくオープンを乗り切り、店じまいをしている最中のことだった。
「キアラ様……ヴィッツィオ公爵令息がお越しです」
忌々しいダミアーノが、キアラのもとへやって来たのだ。
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