Cパート

 私はもう逃げることすらできない。船倉の小部屋に時限爆弾とともに閉じ込められたのだ。


「どうしよう・・・」


 私はため息をついた。すると山田が私に声をかけてきた。


「ま、まだ大丈夫だ。ば、爆弾を解除できる・・・」


 その声はかなり苦しげだった。息も荒い。彼は最後の力を振り絞って起爆装置を解除しようというのか・・・。


「その体では無理よ」

「俺じゃない。お、お前がするんだ・・・」

「私が? そんなこと、やったことないわ!」

「お、お前しかいない。できなければみんな海の底だ・・・」


 確かにそうだった。ここはやってみるしかない。しかしどうやって解除すればいいのか・・・。爆弾処理班だって無理だったのに。

 山田はそんな私の不安をよくわかっていた。


「大丈夫だ。俺が教える。工具はここにある・・・」


 山田はそばに落ちていたカバンを何とか開けて箱を取り出した。その時、かばんから1体のフィギュアが落ちた。多分、彼の自慢の作品なのだろう。だが彼はそれに気を留めず、箱を私に差し出した。


「こ、これを使え・・・」


 山田は私に箱を渡した。中を開けると一通りの工具が入っている。


「さあ、や、やるんだ・・・」

「じゃあ、傷を押さえていて」


 私は手袋を外してその上から山田に傷を押さえさせた。そして彼に促されるままに時限爆弾の前に来た。デジタル表示ではもう三分しかない。


「まずはドライバーで覆いを外せ。それから・・・」


 山田は痛みに耐えながら指示してくる。私は彼の言うままに手を動かしていった。


 やがて外側の覆いが外れた。中には無数のコードがのたくりまわっている。これを見るとかなり複雑そうだった。私に解除できるのか・・・。


「覆いが外れたわ。コードが一杯見える」

「それはダミーだ。だがそれをすべて切らないと中には到達できない。すべてニッパーで切るんだ・・・」


 私は箱からニッパーを取り出し、コードを切っていった。その間、彼は床に落ちていたフィギュアを左手で拾った。


「それは?」


 私はコードを切りながら彼に尋ねた。


「俺の作ったフィギュアさ。正義の仮面ラインマスクだ。子供のころから俺が一番好きなヒーローだ・・・」


 山田は話しだした。フィギュアをもって気が落ち着いたのか、息遣いが少し安定してきた。


「俺のあこがれだ。俺もヒーローになりたかった。だが俺はテロの手先になってしまった。情けない・・・」


 山田は藤堂たちに騙されたのだ。正義を行うヒーローになれると・・・。彼はじっとラインマスクのフィギュアを見つめていた。


 やがてコードは切れた。上の基盤がぐらついている。


「コードが切れたわ」

「そ。そうか。じゃあ、上の基盤を外してくれ」


 私は基盤を外した。そこにはさまざまな色のコードがあった。


「またコードよ! もう2分しかないのに・・・」

「だ、大丈夫だ。俺の言うとおりに切っていってくれ。必ずできる。深呼吸して集中するんだ」


 山田は私を励ますように言った。私は深呼吸した。それで少しは焦る気持ちを抑えられた。


「よし、それではまず黒のコード」

「黒のコード」


 私は確認してニッパーで黒のコードを切った。


「次は茶色のコード」

「茶色のコード」


 こんな感じで次々にコードを切っていった。順調に進んでいたが、気になることがあった。山田の息遣いがまた荒くなってきたのだ。それはだんだんひどくなっていく・・・。


「はぁ、はぁ、オレンジのコード。はぁ、はぁ」

「オレンジのコード。大丈夫ですか?」

「はぁ、はぁ、だ、大丈夫だ、次、む、紫のコード・・・これで・・その基盤が外れる・・はずだ・・・はぁ、はぁ・・・」


 山田はかなり苦しそうで顎が上がっていた。私が赤いコードを切るとその基盤が外れた。するとその下は赤と青のコードがあるだけだった。これで最後だろう。


「どっちを切るんですか?」

「はぁ・・・切るのは・・・うっ・・・」


 山田は急に息が詰まったようだった。言葉が発せられない。苦し気に私に何かを伝えようとしているが・・・。


「どっちなんですか?」

「う、う・・・」


 山田は最後の力を振り絞って、少し体を起こして左手を私の方に伸ばした。その目は私に何かを訴えていた。だが彼は伝えられないまま、そのままガクッとなって目を閉じた。


「しっかりしてください!」


 私は慌てて彼のそばに行ったが、すでにこと切れていた。


「どうしよう・・・」


 もう時間がない。このままでは爆弾が爆発する。切るのは青のコードか、赤のコードか・・・。私はまたニッパーをもって爆弾の前に立った。こうなったら一か八か、どちらかを切るしかないのか・・・。


(どっちにしよう・・・赤、赤にする!)


 直感でそう決めた。私はニッパーで赤のコードをはさんだ。すると死に際の山田の様子が気になった。左手を伸ばして何かを私に伝えようとした・・・。

 彼の左手にはラインマスクのフィギュアが握られていた。青い色をした・・・


「青よ!」


 あと3秒になっていた。私はすぐに赤いコードをはさんでいたニッパーを外し、青いコードを切った。果たして・・・。緊張の時間が過ぎる。私は黙って時限爆弾を見つめた。額から冷や汗が流れ落ちた。


「・・・」


 爆発は起こらなかった。タイマーは1秒で止まっている。起爆装置の解除に成功したのだ。私はほっと息を吐いてその場に座り込んだ。


「バーン!」


 外で大きな音がした。それに続いてドアが開き、倉田班長たちが小部屋に飛び込んできた。


「日比野。大丈夫か!」

「は、はい。大丈夫です。起爆装置は解除しました」

「よくやった!」

「どうしてここに?」

「『赤い爪』の藤堂明と池田順子を逮捕した。奴らの口からここを聞き出した。間に合わないと思ったが、とにかくよかった」


 そう言って倉田班長は山田の亡骸のそばに来た。脈と瞳孔を見て死んでいるのを確認した。


「この遺体は山田学だな?」


 倉田班長が尋ねた。私は彼の亡骸を見ながら答えた。その死顔は何かをやり遂げたような表情をしていた。


「そうです。山田です。この船を救ったヒーローです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ヒーロー 広之新 @hironosin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ