第8話 新生活

 私はとりあえず、この不自由な足を駆使して、先に移動した。もともと私は死よりも恐ろしい地獄の奥底にいた。


 つまり、私は死んでもでも構わない。まあ、出来るのなら死ぬことなしにこの地獄から解放されたいのだが。


 そして、進むこと数十分。なんとか、下り坂まで来た。という訳で、転がりながら進む。体がいたくなるが、転がったほうが、拘束された足で進むよりも効率がはるかにいい。


 そして、進むこと十分。ようやく町までこれた。とりあえず、いつもの方たちが私を歓迎してくれるかどうかが問題だ。今の私はただのお荷物、邪魔ものになってしまうかもしれない。だけど、このままいるのもだめだ。そして何とかよちよち足で進んでいく。


「あの」


 私はお団子屋さんに声をかけた。


「まあ、ニナちゃん。今日も買い物?」

「いえ、私出てきたんです。あの屋敷から」

「……そう。よく頑張ったわね」

「だから、かくまってください」

「もちろんかくまうわよ。ニナちゃんの頼みなんだもん」


 やっぱりこの人はいい人だなと思い、家の中にお邪魔する。


 そしてイスに座らせてもらった。ありがたい。


「さて、何があったの?」


 そう訊かれた。私は正直にあったことを事細かく説明した。イスリハにいじめられたこと。その時に絶望してしまったこと。そして屋敷を飛び出したこと、ご主人様はそれを止めなかったこと。

 それを伝えるとおばさんはまたしても私のことを抱きしめてくれた。


「ずっとここにいてもいいんだよ」

「……ありがとうございます」


 やっぱりこの人はいい人だ。

 私はその後、おばさんの家の看板娘と捨て働くようになった。仕事の内容としてはただ、「おたんごいかがですかー!」と叫ぶことだけだった。だが、それだけでも経済的効果はあるみたいで、かなりのお客さんが来た。

 私が、こんな私が誰かの役に立っている。その事実だけでとても嬉しかった。




「ご主人様、元気出してください」


 メイリスが言う。


 ご主人様、アルセイドはあれから毎日仕事に手もつかないくらい落ち込んでいるのだ。

 にも拘わらす、ニナを連れ戻そうとしていない。せいぜいこっそりと町に行ってニナの仕事ぶりを見に行くくらいだった。

 彼が落ち込んでいるのは誰の目にも見て明らかだった。メイドたちだけでなく仕事関係で屋敷に来た人たちも同様にだ。

 アルセイドは本来やりての経営マンで、国からの信用も厚い。だが、そんな彼の最近の仕事ぶりは、周りの人が疑問に思うくらいミスが多く、覇気もない。

 何が彼をそうさせたのかと、屋敷に仕事関係の話に来た人たちはみんな不思議に思っていた。


(大丈夫かしらね。ニナは)


 そう、メイリスは思った。事の経緯はイスリハからすべて聞いている。だが、それでもニナは今もまさに拘束されている状態だ。

 だが、今の彼女の立場はいくら出世しているとはいえ、所詮は奴隷。屋敷の外に出ることは許されない。


 それに、アルセイドがこのままでは大事に至る。つまり、この屋敷全体がピンチに陥ることになる。

 別にメイリスもアルセイドのことが好きなわけではない。むしろ、嫌いに近い。

 だが、屋敷がつぶれたら、自分たちもどうなるのかわからないのだ。


(とはいえ、ニナに戻ってきてという訳にはいかないわね。おそらく、ニナは自分の幸せをtÝ神かけているところだと思うし)


 そう、自分たちの問題でニナに迷惑をかけるわけには行かないのだ。


 しかし、メイリスはどうしても考えてしまう。なぜ、こんな状況になるとわかっているのに、アルセイドはニナを外へと行かせたのだろうか、と。

 しかし、当然それもアルセイドに訊くわけには行かないのだ。


「ニナに会いたいな」


 と、メイリスは少し呟いた。

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