第7話 逃走

 そしてご主人様はメイリスを部屋から追い出して、私をゆっくりと撫でている。


「これは……」

「苦しい思いをさせたからな、せめてもの罪滅ぼしだ」

「なら何度も言っている通り、拘束を外してほしいんですけど」

「それは無理だ。だけど、俺はお前を愛しているこれは本当だ」

「本当だなんて言われても、拘束を外してくれないなら、その言葉は信じられない」


 私は、拘束を外してもらえないなら、永遠に信じることは出来ない。ご主人様を愛することなどできない。


「俺は、お前の体が好きだ、お前の顔が好きだ。お前のその話す言葉が好きだ。お雨のすべてが好きだ、それでは不十分か?」

「……前までそんなこと言ってなかったじゃないですか。急にどうしたんですか?」


そのせいでその言葉一つ一つが怖い。


「このままだと、お前がどこか別の場所に行ってしまうと思ってな」


 別の場所に行くと思ってなと言われても、私にとっては拘束されていることがすべての要素を打ち消してしまう。


 私は、彼のことを好きになんて慣れないし。やっぱり、苦痛なものに思えてしまう。

 私は、もう。


 思わず涙が出てしまった。いつまでもご主人様の所有物であるという事実、さっきイスリハにいじめられたという事実。その全てが私を嫌にさせる。



「どうした? 何かあったのか?」


 何かあったのかじゃない。私にはすべてが嫌なのだ。

 そして。拘束されている足を何とか使い、脱出を試みる。と入って、もそんなことをできるとは思ってはいない。でも、犯行の意思を見せつけたい。


「ニナ……」


 ご主人様は私を止めることもなく、その場に座ったままだ。いつもの彼なら止める状況のはずなのに。


 だが、手が後ろで拘束されている私にドアから出る方法などない。必死で手でつかもうと頑張るが、つま先立ちをしても手がギリギリ届かないのだ。


「ニナ、そんなことをしても無駄なんだよ」

「うるさい!!」


 私にとっては無駄かどうかは関係ない。無駄かもしれなくとも、私は努力する、逃走の努力を。


「ニナ。お前はそんなに出たいのか?」

「え?」

「そんなに出たいのかと訊いているんだ」

「そりゃあ出たいですよ。こんな拘束されたままの生活なんてもうゴリゴリです」


 もう私は止まらない。そんな中、彼の手が私の頬に触れた。


「何をするんですか? 触らないでください」

「触らないでくださいか……散々な言い方だな。お前は俺の所有物なのに。だけど、俺はお前を物とは見ていない。大事なんだ。だから頼む。俺を愛してくれ」

「なら、拘束を外してください」

「それは出来ない!!!!」

「嫌です。いや、いや! 触らないでください!!!!」


 もうぶたれたりするのも構わない。ついに我慢の限界が来てしまった。もうここにはいたくない。


「……分かった。とりあえずドアを開けてやろう」


 そう言ってご主人様はドアを開けて、私の道を開ける。そして私はご主人様を無視して部屋からヘビのように移動した。そうした意図など全く分からないが、そんなことを考えるだけ無駄だ。


 そして、部屋から来て、私に出来ることをした。ご主人様がただまっすぐに私の方を見ているが、そんなものは関係が無い、ただ淡々と、進んでいく。私にできるスピードで。


「ニナ……」

「イスリハ」


 その中でイスリハに合ってしまった。

 正直言ってイスリハを無視したいところだった。だが、彼女に声をかけられてしまったのだ。気まずい。とりあえず私はその場から逃走を図る。が、緊張からか、上手く動けない。

 ただでさえ私は進むのが遅いというのに。


「はあ」


 どうしたらいいのかわからない。


「逃げてるの?」


 訊かれてしまった。まさかまたいじめられるのだろうか、そう思うと思わず目から水がこぼれだしてきた。


「ちょっと、流石にもうしないわよ」


 そうイスリハに言われてしまった。

 とはいえ、先ほどやられたことを考えると、信用などできるはずがない。

 とりあえず、また逃走を図る。


「はあ、逃げたいのなら逃げたら? 私はご主人様に言わないから」

「ちょっと……」

「え?」

「急に優しすぎない!?」


 思わず突っ込んでしまった。先程までとは全然違う。


「私もさっきはやりすぎたと思ったから」

「それを言っても私は許さないけど」

「まあ許されるべきとは思っていないけど。それで、ニナはどうしたの?」

「私は屋敷の外に出たい」

「フーン」

「フーンって何ですか」


 やっぱり私この人嫌いかもしれない。


「じゃあ、ふもとまで助けてあげる」

「え?」

「待ってて」


 そう言ってイスリハは私をお姫様抱っこする。


「え? ちょっ」

「私がお詫びに」

「ええええ????」


 そのまま私は抵抗できないまま、外へと連れていかれた。


「私にできるのはここまでよ」

「あ、ありがとう」

「じゃあ、元気で」

「ええ」


 そして屋敷の外に出る。手足を拘束されたまま。どうなるかは分からないが、これからが楽しみだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る