第2話 街
「よしニナ行くぞ」
「はい」
そうして私とご主人様は下町に出た。
「ニナ、今日のミッションは主に買い出しだ、好きな物を買っていいぞ」
「やった!嬉しいです」
若干演技も入っているが、もちろん嬉しいこともある。
町の人と会話ができるし、大好物も色々買える特別な日なのだ。この拘束されてる日々で唯一自由を感じる日だ。
「ニナちゃん!久しぶり」
八百屋さんの奥さんが話しかけてきた。
「あ、久しぶりです」
「ニナ、俺は用事があるから一人で行動してくれ」
「はい」
そしてご主人様は向こうに歩いて行った。
「しかしあの方も不思議よね」
「……」
「その手枷があるから酷い人と思わせといて、ニナに自由行動を許してくれるんだから」
「まあ、でも、自由行動を許してくれるくらいならこの手枷外してほしいですけどね」
自由行動とはよく言ったものだ。自由ではないというのに。今の私は何も食べられない、何も買えない。唯一出来ることと言えばしゃべることくらいなのだ。本当に、屋敷にいる時よりはまし程度だ。
「言っといてやりましょうか、酷いって」
「やめてください、あの人怒ったら怖いんですから」
メイドに怒ったと気なんて、もうメイドの方が殺されるんじゃないかレベルの怒り方をしていた。
メイドでさえこれなのだ。この人が言ったら最悪変な罪を擦り付けて殺しそうだ。
「冗談よ、あの人に逆らったらタダじゃ済まないわ」
冗談でよかった。
「ふふ、そうですよね、ああ自由っていいですよね」
「そう、たしかになんとかその手枷外してあげたいんだけどね」
「まあ、これは仕方ないと思ってますから、もう諦めてます、でもいつか、いつか外してくれる日が来たらいいのにって思っていますけどね」
そう言って暗い顔をしていたら、
「そう、ところで団子いる?」
と言ってくれた。ありがたい。
「はい!」
「あーん」
「美味しいです! やっぱり最高ですね」
「そんな褒めないでよ、屋敷での食事にはやっぱり負けると思うわ」
「いえいえ、毎回美味しいですし、毎日お出かけの日を楽しみにしてる理由の一つですから」
まさにそうだ。ご主人様に一方的に口に入れられる食事よりも、こういった団子の方が美味しい。
それは自明の理だ。私を拘束している人に食べさせられるご飯なんて、美味しくない。
それよりもこういった私のことを真に思ってくれている方たちの団子の方が美味しいのは当たり前だ。
「それは嬉しいわね」
「はい、最高です」
「でも私たち心配よ、あなたが」
「私のことは気にしないでくださいよ、この手枷とか、前世の罪とかだと思ってますから」
前世の罪という言い方はおかしいかもしれない。ただ、前にご主人様から、前世悪いことした人は何もうまくいかなくなるんだよ、と言われたことがある。
それ以降私の手枷はご主人様のせいという理由と、前世で悪いことをしたからと言う事にしている。
ご主人様を恨んでないかと言われると、それは嘘になる。だが、ご主人様を恨んでばかりいると心の中でしんどかったのだ。だからこそ心の中でそう思う事で、怒りを分散させているのだ。ご主人様と前世の私に。
「あー、なるほど」
「だから私が悪いんですよ」
「いや、それはあなたのご主人様がどう考えても悪い」
「ええ!」
まさか全否定されるとは思わなかった。
「だってそうでしょ、前世の罪とか言っても、あの人が手枷なんかつけなかったらこんなことにはなってないわけだし」
「そうですけど、でもあんなんでも私を育ててくれた人ですし」
だってそう思わないと、しんどいし。
「あんなんって、ニナちゃんも恨んでるんじゃない」
「仕方ないですよ、手足を拘束されてるのは事実ですし」
恨んでるのは事実だけど。
「そう」
「でも私、幸せだと言ったら嘘になってしまうんですけど、それでもこの時間は幸せです」
「幸せと言ったら嘘になってしまうってどういうこと?」
「いや、普通に私今も拘束されてるんで」
そう言って苦笑いをする。
「ああ、そういうことね」
「はい、それを抜けば幸せなんですけどね」
「悪かったな、手足拘束してて」
後ろから声がして私は振り返る。どうやらご主人様の用事が終わったらしい。
「おかえりなさいませ」
「だからそういう敬語はいいと、それはそうと拘束具があることが不満か?」
ご主人様は聞いてくる。
「不満に決まってるじゃないですか。私朝も申しましたよ」
「ああ、そうだったな」
そしてご主人様は高笑いする。
「馬鹿にしてるんですか?」
「いやいやいやいや、すまない。そういうつもりはなかったんだ。ただちょっと俺の計画がうまくいっているなと思っただけだ」
ニナの頭の中にはてなが浮かび上がる。自分は計画のためだけにこんな苦しい目にあっているのか、その計画とは何なのか、その計画を話してもよかったのか、様々な疑問が思い浮かぶ。
「計画ってなんですか?」
聞くかどうか考えた結果聞いてまた。聞くべきでは無かったのかもしれないが、それ以上に好奇心の方が優ったのだ。
「それはまだ教えるわけにはいかないな、こっちにも事情があるのだ」
「そうですか……」
まだ教えるわけにはいかないらしかった。これは私が思っているよりもでかい計画なのかもしれない。
「さて、帰るか」
「もうですか?」
私はもう少し抵抗を試みる。この時間が人生で一番楽しい時間だからだ。
屋敷に戻っても、他の奴隷達にはいい印象を持たれてない。原因は考えなくてもすぐにわかる。拘束されているとはいえ厚遇されているからだ。
それが他の奴隷達にはいい気分じゃないのだろう、嫌がらせとかはないが、それでも人の悪意は感じ取れるものだ。
その時間に比べたら今の心優しい人たちに囲まれている時間の方が心地よいのだ。それにそもそも今回のお出かけ自体時間が短いのだ。
おそらく体感だが半分ぐらいしかないだろう。奴隷の身分である私にとってこのようなことを言う権利は無いのかもしれないが、それでも一縷の望みをかけて頼み込む。
「そうわがままを言うな、だが、俺も鬼ではない。五分だけ時間をとってやろう。最後の挨拶をするがいい」
許してもらえたようだ。
「ありがとうございます」
ニお礼を言う。
「いや、お礼を言うことではない」
「と言う訳で、もう少ししかない時間ですが、よろしくお願いします」
「その前に少し言いたいことあるんだけど」
八百屋さんが出てきた。
「ちょっといつまでも拘束してるのって酷いと思わない?」
ニナは恐ろしいと思った。下手すれば殺されるかもしれない。
「それはすまないと思ってる」
素直に謝った。
「だが、俺はこの拘束を解くわけにはいかない」
「なぜだ」
「それは言うわけにはいかん」
ご主人様は沈黙を保った。
「でも、この子が可哀想だとは思わないんですか?」
「ああ、可哀想だ」
ご主人様は同意した。
「だが、これは彼女に耐えてもらっている形だ。彼女には悪いと思っているが、それとこれは違う話だ」
そう言ってご主人様は八百屋に向かって行く。
「待ってください! 私が我慢したらいいんです。だからご主人様ももうやめてください」
「いや、私は引くつもりはないね!」
そしてさらに距離を縮めて行く。
「ふ、ニナお前は愛されてるんだな。よし帰るぞ」
「あ、はい」
そして、その場を後にした。
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