第13話 話し合い

「雫」

「え? 菜月? なんで?」

 

 お母さんが出かけたと思ったら菜月を連れて戻ってきた。……分からないことだらけだ。


「今日はね。私とこの子と雫の三人で話したいと思ってるの」


そして、お母さんは一呼吸をし、


「これからのことを」


 顔が少し怖くなった。私には分かる、怒ってる顔だ。菜月の家に亡命したことに対して怒っているのだろうか。


「まず、雫。あなたは勉強して良い大学に行きたい。合ってるわよね」


 これはうんって言わないと怒られるやつだ。安易な答え方だと、机をバンとされそうだ。


「どうなの? 雫」


 ダメだ。いやと言いたいけど、怖くて言えそうにない。昨日は言えたのに。


「私……は……」


 あと少しの勇気だ。頑張れ私。


「絵師になりたい」


圧迫面接には屈したくない。


「ふざけてるの!?」


 ドンという音がした。ひい! 怖い。


「まさかライターで見たからとか言わないよね」

「それも理由の一つ……です……」


 怖い。怯むわけには行かないのに、弱気になっちゃいけないのに。


「あの時見せてくれたライターもそういうことなの? 本気でなるつもり? 勉強して良い大学に入った方が堅実的なのに」

「私は大学に行きたいわけじゃない!!!」


 つい本音を言ってしまった。それを言ってお母さんの顔を見る。思った通りだ、ブチ切れてる。


「大学に行きたくない? ふざけるのは大概にしてちょうだい。今の時代大学に行かなくちゃ選択肢は無いわよ!」


 それは正論だ。選択肢を増やすため、より知識を得るため、そのために大学に行くというのは間違っていない。でも、


「大学に行く時間があるならその時間を絵に費やしたい」


 これが私の答えだ。


「絵に費やす? そんな一つのことを、ことだけを目指して、それが失敗した時のこと考えてる? 考えてないでしょ、どうせ。それに絵師のことはよくわからないけどね、最近AI絵なんて出てきてるじゃないの。将来消えたりとかしない?」

「稼ぐ方法はいくらでもあるし、AI絵は人間味がないから仕事が無くならないと思う」

「そうだとしても、あなたが成功する保証はないでしょう」

「でも、私は、絵を描くのが好きだから」

「だったら漫画家とかもあるじゃない、なんで絵師なの?」

「私はストーリーとか考えたくないし、絵を描きたいだけなの」

「そう、でも大学あくまで我慢はできないの? いい大学さえいってくれたら私は文句は言わないわ」

「ちょっといい?」 


 菜月が口を挟んできた。


「じゃあさ、ほどほどに勉強して、そこそこの大学に通いながら絵を描くのじゃダメなの? 折衷案として」


 なるほど。そういう手もあるか。でも大学に興味がないんだけどなー。


「違うのよ。そこそこの大学じゃ意味ないの。いい大学に行ってもらいたいの」

「失礼ですけど、大学はどこですか?」

「その話いりますか?」

「聞いているんです」

「ええ、又木吉大学です」


 又木吉大学は偏差値低めの大学だ。


「それって偏差値は?」

「四十後半だわ」

「高学歴じゃないのに、なんで娘にいい大学に行くことを強要してるんですか?」


 菜月は畳み掛けた。私はその答えは分からない。ただそう言うものだと捉えている。親は自分の子供に良い大学行けと望んでいるのだと。


「私は子どもには良い大学に行ってもらいたいのよ。私が良い大学行けなかったから、雫にも後悔してほしくないの」

「でもそれって雫には関係ないですよね」


 菜月はズバズバと言っていく。私にはここまで戦う力は無い。気持ちで負けてるもん。


「関係あるわ! 私は雫のためを思ってやってるの」

「なら、絵師になるって言う夢も応援してくださいよ! 雫のことを思っているのなら!」

「受験終わったらやらせてあげるわよ」

「雫!」


 菜月は私の肩に手を当てた。


「私は今少しずつフォロワーを増やしている段階で、少しずつ絵を見てもらえてる。そんな今、絵の更新終わったら、すぐに見られなくなる。そんなんじゃダメなの」

「甘えてるの? 人生はこの一年で変わるのよ」

「私のこれも人生かかってるよ! 本気なんだよ。ライターには申請したらお金を稼げる機能がある。今はやってないけど多分それを受けれる段階まで来た。もう少しなの!」

「その実力かあるなら一年待っても大丈夫だよね」


 埒が開かない、そろそろ引き下がってほしい。少しだけ那月の方を見る。どうやら困っているようだ。そりゃあ仕方ない、菜月が強気だとしても所詮は高校生なのだ。


「見て、これがお金をもらえる条件。フォロワー1万人以上、他人に閲覧回数1500万回以上。私のフォロワーは七千人、閲覧回数たぶん700万回。だけどこれは絵を投稿する頻度が少ないからと、課金してないから。今の五倍にすることで収益化できる。これにさらに小説家、Vtuber、ゲームとかの依頼とかでさらに稼げる。現実的に見えてこない?」


 わたしは持ちえる全ての情報を提示する。これでダメだったらもうダメかもしれない。不本意だが、警察に突き出すとかしかなくなってしまうだろう。


「分かったわ。だったら高校卒業と共に家から出ていくのでも良い? 大学行かないってことはもう社会人になるってことでしょ」


 数秒考え込む。そんな交換条件すぐにうん! と言えるわけがない。


「応えられない? 最大限譲歩してこの条件なんだけど」

「すぐに結論が出るわけないじゃない。そんなの」

「早くどっちかにしないと時間がないわよ。早くして!」


「ちょっと良いですか?」


 菜月がその会話に入る。


「高校生にそんな難しい二択を問うなんて、時間がたりるわけないと思います」

「外野はこれ以上口を出さないでくれる?」

「そんなこと言われても……私は雫の友達ですよ!」

「貴方には聞いてないの。雫に聞いてるの。それにこれは家族の問題です!」

「私は!」


 たまらず声を出す。


「大学に行かない」


 不安だが、こう言うしかない。大学に行きたくないのは、元々私の我儘だし。


「雫!」


 菜月が怒鳴る。なんで?


「雫はそれで良いの? それはつまり自分の思い通りにならない娘はいらないって言われてるようなものだよ!」

「うるさい! 私はそんなことは言ってない。だから家族の問題に口を挟まないでください」

「菜月もう良いよ。私が高卒で働きながら絵を描けば良いから」

「そうは言っても、いきなり高卒でなんの保証も無しに世に放たれてまともに暮らせる人なんていない」

「今の時代でも貧しくて大学行けない人もいるわ。それに比べたら十分でしょ。それに最低限のことはしてあげるわよ。親の承認が必要なことはね」


 埒が開かない。どうすれば良いの? そろそろしんどくなってきた。


「そう言えば美大とかはだめ?」


だめだとは思うが、もしかしたらの可能性にかけて言う。一応大学の一種だ。


「無理、普通の大学じゃないと、私の娘としてはふさわしい場所じゃないから」


ああ、やっぱり無理だった。


「もう、なんで? 私はもうわからない……分からないよ」


 分からなすぎて涙が出てくる。菜月を信じて共闘すれば良いのか、お母さんを信じて一人で世に出た方がいいのか。


「分かったわ、この話は後に回すわ。私もしんどいし」


 そうしてこの話は保留で終わった。いや、私が終わらせてしまった。


 そして気まずい空気の中夕食が始まった。


「お母さん、ご飯美味しい」

「……」


 ダメだ。なにも返してくれない。無視するなんて大人気ないと思うが……あの会話の後だとしかたないだろう。


「はあ」


 おもわすため息をつく。本当にややこしい事態になってしまった。もちろん菜月には感謝している。だが、もう私には分からない。

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