第10話 家出

 

「なんで今日も帰るの遅かったの?」

「……今日も友達と遊んでて」


 用意してた言い訳を口に出す。


「それを私が許すと思ってるの? 昨日の二時間と、今日の一時間半。合計で三時間半無駄になってるのよ。そんな心つもりで大学行けると思ってるの?」

「思ってるよ。実際偏差値四二ぐらいの大学だってあるじゃん」

「そこら辺の大学に行ってる人は就職が難しいの」

「でも、高卒でも働いている人も先輩にいるはずだよ」

「その人たちはお金稼げているの?」

「でも、あのスマホを開発した人は大学中退してたはずだし、歴代首相にも普通の大学に通って総理になった人もいるし、三浪で東大目指した人もいるよね」


 全員俗に言う成功者だ。その理屈で論破を図る。


「その人たちはすごいわ。でもそれとこれは違う。良い大学に入ることは成功する可能性を増やすために必要なの」

「だからってなんでこんなに苦しんでまで勉強しなきゃならないの?」


 言い切った。実際何でこんなに苦しみながら勉強をしなければならないのか全く分からない。

 ストレスで死んでしまう。


 お母さんはこの言葉に対してどう反論するのだろうか。反応が怖い。時間が止まって欲しい。でも戦うって決めたんだから。


「雫、分かったわ!!」


 そう言ってお母さんは私を連れて物置に連れていく。


「何するの? お母さん」

「教育よ」


 そう言って、私を布団棚の中に入れた。


「勉強したいというまでここからは出さないから」


 そう言って、光が閉ざされ、真っ暗闇の空間に一人取り残された。


 最初は勉強しなくていいんだ!! と能天気に考えていた私だったが、すぐにその恐ろしさに気付く。


 そう、何もすることがないし、寄って私に入ってくるすべての情報がシャットされる。暇で暇で仕方がない。


 漫画とかでよく見るこのお仕置き、それがこんなにも苦しいものだなんて。


 一定時間おきに、お母さんが「勉強する気になった?」と言ってくる。そんな乱暴的な行為でそんなことになるわけがないのに。


 絵を描きたい、ライターがしたい、ゲームがしたい。だが、ここでは何もできないのだ。


「うわああああああああああああ」


 どれくらいの時間が経ったのだろうか、私は猛烈に叫びたくなった。もうしんどすぎて耐えられない。


 そして、私はついに観念した。


「じゃあ、勉強始めるわよ」

「……はい」


 その時刻がおよそ一一時半、

 だけど、今日は一日中勉強するらしい。お母さんが満足するまで。

 口答えしたのが悪かったのだろうか、私はどうしたらいいのだろう。


「じゃあ、洗濯物干すからその間いい子で勉強するのよ」

「はい」


 勉強? そんなもの嫌だ。私は窓をくぐって、外に逃げ出した。とはいえ、所持品はスマホだけ。他は何も持っていない。

 この状況でどう暮らせばいいのだろうか。


 とりあえず公園のベンチに座る。見ると、子どもが遊んでいた。おそらく三歳未満の子どもだろう。


(かわいいな)


 ふとそう思った。私も子供のころあんな感じで遊んでたなとしみじみと感じる。

 子どものころはお母さんはずっと私の我儘を聞いてくれる、いいお母さんだった。


 やっぱり今のお母さんの状態はお父さんの遺言を気にしているからなのだろうか。


 私はお母さんが思っているよりも大人なのに。


 そして、三時になった。意外にお母さんに見つからないものだ。


 三時という事はそろそろ学校が終わる時間だなと思い、菜月のもとへ向かう。今の状況を伝えなければ。


 そして学校に向かう事一〇分、ようやく学校の正門前に着いた。


 周りの人からしたら、今の私は変な人だ。何しろ、私服で、しかもほぼ寝間着の格好で終わる間近の学校前にいるのだから。


 そして、いきなり菜月が出てきた。顔を見ると、驚いているようだ。

 そりゃあそうだろと思う。私が逆の立場でも驚く。

 菜月が全速力でこちらに向かってきた。


「雫!! どういうこと?」

「私……家出したの」


 そう言うと、菜月が驚く顔をしていた。


「私のせいにはしなかったの?」

「したけど……無理だった。もう外に遊びに入ったらいけないと言ってたし、勉強しない罰としてお仕置きもされた。……もともと青春を送る資格なんてなかったってことなのかな……」


 菜月を前にため込んでいた感情が爆発する。


「私って、やりたくもない勉強をして、行きたくもない大学行って、やりたくもない就職して生きていくしかないのかな……私、こんな人生嫌だよ……」


 こみあげていた思いだ。だって、そんな人生を送る私にはもう生きてる意味が分からない。


「雫……雫!!!」

「は!」

「顔色悪いよ。とりあえず私の家に来て」

「う……うん」


 そして菜月に連れられるままに、菜月の家に来た。おどおどしながら入る私に「一人暮らしだから大丈夫!!」と元気に言う菜月。言われるがままにマンションの一室に入る。


「私はね……雫のそんな顔見たくない! 雫がそんな絶望した顔を見るのが嫌。私分かってるよ。雫が無理して笑ってたこと。……ううん、だいぶ前から気づいてた。私は勉強なんてよくわからないけど、そんな一遍的なものだけにとらわれるなんていけないと思う。だから……雫。私と一緒に過ごそ?」

「え?」

「だって家出したと言っても、過ごす場所なんてないでしょ。だったらここで過ごせばいいじゃん」

「うん……でも菜月に迷惑をかけたくない」

「迷惑ってそんな。友達と住むなんて楽しいことするんだし、迷惑なわけないよ!!」

「でも、お母さんがなんか言ってくるかもしれないし……」

「そうなったら私が何とかする。雫は安心して絵をかいて」

「うん!」


 そして、私はこの家に住むことが決まった。

 やはり持つべきものは友達だ。

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