第8話 カラオケ
そして放課後。
「初めて雫とお出かけだー」
「う、うん」
やって来たのはカラオケだった。
「やっぱり不安?」
「不安に決まってるよ。だって寄り道したって知られたら」
まず帰りが遅かっただけでも怒られるのに、寄り道したとなれば、もう完全にめちゃくちゃ怒られる。雷が落ちること間違いなしだろう。
「大丈夫だってこれで怒られたら、児童相談所とかいったらいいじゃん。知らんけど」
「知らないの!?」
たしか語尾に知らんけどとつけるのは責任を負うのが嫌だからだった気がする。まあこの場合ギャグでつけたものかもしれないが。
「法律詳しく無いし。それに法律だったら雫の方が詳しいじゃない」
「詳しくは無いと思うけど。てか、児童相談所って私虐待受けてるの?」
「だって、娘が自分のお小遣いでカラオケに行くのを許さないってそれはもう虐待じゃん」
「そうだけどさー」
「まあ、とりあえず私歌うね」
「君の生まれた星は……」
そして菜月は歌い始める。菜月の歌はそこそこ上手いと思う。あんまり歌聴かないからわからないけど。
「次雫歌ってよ!」
「うん」
そしてマイクを握る。思い返してみれば、カラオケに行ったことなんてほとんどない。
「歌えるかなぁ」
不安になって来た。音痴だったらどうしよう。
「大丈夫だよ」
菜月が励ましてくれる。
「崩れゆく世界、その絶望の果てで……」
もちろんあのゲームの歌だ。私のお気に入りの歌なのだ。
思えば歌ったことはなかった。お母さんに聞かれたら困るから。音程が取れてるのかわからないし、画面見たら結構外れてるだろう。でも歌うのは楽しい。
声量を上げる。もっと気持ちよくなりたい。
「はあはあ」
柄にも無く体力を使い過ぎてしまった。疲れた。
「良かったよ。雫」
「ありがとう」
お世辞だったとしてもうれしい。
「気持ちいいでしょ」
「うん」
「点数出るね」
「うん」
点数は78.579だった。
「ひど!」
「ひどいなんて言わないでよ。歌ったことなんてほとんどないんだし」
たしかにひどいのかもしれないけど!
「そうなの?」
「時間がないから」
勉強だけで一日が終わってしまうし。
「次私歌うね」
「うん、歌って。そして聴かせてよ私より上手いのを」
「もちろん。てかさっきも歌ったと思うけど」
「ノリ悪いなあ」
絶対ライターっぽいノリになっていると思う。けど、楽しい!
「はあ、歌いまくったー」
二時間後、時間が来た。
「じゃあ帰るね」
「その前に忘れないでよ」
「あ、あの録音を撮っとくってやつ?」
お母さんと話す間に録音を取って証拠を作るということだ。
「うん。それとどうしようもなくなったら電話して。私が助けるから」
「なんでそこまでしてくれるの?」
一回、理不尽に怒ってしまったのに。
「友達だから。当然でしょ」
「私は菜月の助けを一回突き放したのに?」
「ああ、あれは本当にムカついたよ。殴ろうかと思ったぐらい。でも、雫もしんどくなっているの分かってるし。私は雫の味方だよ」
「ごめん、ありがとう」
「どっちかにしてよ」
そして私たちは笑い合う。そうだ。私は一人じゃない。お母さんに立ち向かうんだ。
「そういえば私のライターのアカウント教えるね」
そしてライターを開く。
「え? あんなに隠してたのに?」
「菜月に見られるのが恥ずかしかったの。結構悪ノリしてるからさ。でも私の味方になってくれた人に隠し事なんてするべきじゃないし。ほら」
ライターのアカウントを見せる。
「とは言っても私二つ持ってるから」
そしてまずはゲーム用のアカウントを見せる。
「結構フォロワーいるじゃん」
「まあ、絵を描いてるからね。フォロワー増やしてよ」
「うん」
そして菜月はスマホを取り出して、私のアカウントをフォローした。そしてフォロワー数が一人増えた。
「やったじゃん」
「うん」
「今度はこっちね」
私は絵描き用のアカウントを出した。
「あ、これ」
「ん?」
「私元からフォローしてる。ほら」
「え?」
「まさか雫だったなんて」
「うそ。てことはもうアカウントバレしてたんだ」
「そう。まさかだね」
そして私たちは再び笑う。
「あと、これ見せたら? 結構フォロワーいるでしょ。これを見せて勉強以外のことしたいって言ったらさせてもらえるよ」
「うん、そうね」
「頑張れ」
(今日はカラオケ行って来た)
さすがに載せたい。点数低いけど許してくれるでしょう。
(私は戦う。理不尽なる敵と。そして絵を描く自由を手に入れる)
そう書いた。如何にも厨二病という感じだが、ただの私の決意表明だ。
(頑張って蜜柑ちゃん)
菜月のアカウント、リンユウから来た。ああ、嬉しい。ライターのアカウント見せててよかった。頑張ろう。
「帰り遅かったじゃない。どこに行っていたの?」
「友達とカラオケに」
臆することなく事実を言う。私は何も悪いことはしていない。怒られる筋合いなんてないのだ。
「そんな時間あると思ってるの? あなたは今頑張らないとダメなのよ。雫は今働ける自信あるの? お金を稼げる自信あるの? あなたは良い大学に行って世の中の役にたたなければならないの。嫌とかじゃない。これは学生、いや、社会に生きるものとしての義務なの」
「それで、もう子供にも迷惑をかける?」
セリフを取る。
「はあ?」
「これを言おうとしてたんでしょ」
もうお母さんが言うことぐらい手に取るようにわかる。もう何か月言われ続けたと思っているんだ。
「生意気ね。子供のくせに」
「見て」
私はアカウントを見せた。
「なにこれ、ライターなんて低俗なSNSやってるの? 今すぐ消しなさい。そんなものをやっていたら性格悪くなるわ」
「待ってよ! 見てよこれ」
絵を見せる。
「なにこれ。結構いいねされてるじゃない」
「そう。私は勉強の合間にこれを頑張ってたの。お願い勉強休ませて」
別の特技を見せてお母さんの説得にかかる。菜月が教えてくれた手だ。
「ダメだわ。だから勉強に身が入ってなかったのね!」
そしてお母さんがカウント削除のボタンに手をのせる。
「ちょっとスマホ返して」
「こんなアプリ消してあげるわ。アカウント消去もね」
「やめてよ。お願い私の言うこと聞いてよ」
「だったら受験まで我慢しなさい」
「受験まで何日あるのよ。一年ぐらいあるじゃん」
「1年ぐらい我慢しなさい」
「我慢? 私はお母さんから言われた言いつけをできるだけ破らないように頑張って来たよ。その中でライターをやっても良いじゃない」
約束は守っている。今私は約束を守っている状態で交渉しているのだ。
「はあ? ならスマホ契約解除するよ」
「なんでそうなるの?」
別に授業中と勉強中は触ってないのに。
「それかアカウント削除かどっちか選んで?」
「じゃあアカウント削除ね」
そして目の前でアカウントが消される。
「じゃあ勉強するわよ」
「うん」
そしてそのままスマホは没収されて、勉強という地獄に戻された。
夜
(菜月。録音送ります)
(ありがとう見せてもらうね)
(それでアカウント削除されたんだけど)
(え?)
(絵を描く方の)
(でもアカウントは三〇日以内だったら復活できるはずだけど)
(え?)
(やってみたら?)
(出来た!)
(おお。さすが)
(首の皮一枚繋がった)
(おめでとう)
(たかこれアカウントを消したので警察に訴えたりできないかな)
(訴える?)
(うん。娘の所有物を言わば勝手に捨てたってことでしょ。そう湾曲したらいけると思う。知らんけど)
(でも訴えるまではちょっと)
(そうして弱気になってたらダメなの。私たち子供はさ、大人の言うことを聞かなきゃならないと言う気持ちになるの。でも大人だって人間だし、間違っててもおかしくない。だから信用することをやめて)
(うん)
菜月は大人だ。今の年でもちゃんと自分で考える術「持っている。自立しているのだ。尊敬してしまう。それに比べたら私なんてただのイエスマンだ。
(分かった)
(じゃあ明日話し合おう)
(うん)
(おやすみ)
(おやすみ)
そして私は絵を描かずに寝た。
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