第7話 保健室

 そして私は教科書を開く。


「もうやめてよ。勉強したくないんでしょ」

「でも九十点取らないとスマホが取り上げられちゃう。それだけは嫌だ」

「雫それはおかしいよ。自分がやりたくないことをする必要なんてないよ」

「私がやりたいの。スマホ取り上げられないために」

「スマホを取り上げるってそれ虐待でしょ。勉強虐待。それに付き合う必要はない」

「ありがとう、でもしばらく頑張らさせて」


 本当は私だって頑張りたくない。でも、やらなきゃならないの。


「そう」


 菜月視点。


 なんで雫は頑張るんだろう。私なんて勉強なんて三十分ももたないのに。それにしんどそうだ。このまま続けさせたらなにか危ない気がする。動機がスマホとかいう不純な動機だし。


 ただ、雫が頑張るって言っている以上止められない気がする。あーもう私に雫のために何が出来るのよ。


 五時限目、遠目で雫を見る。いつもと違って内職をしている。つまり試験勉強だ。先生にもバレる恐れもあるし、まだテストまで三週間もある。私だったら勉強なんて家でも絶対しない。


「ねえ、雫。本当に大丈夫?」


 本気で心配になってきた。勉強を頑張っているからではない、本当に疲れてそうだからだ。


「大丈夫。私は平気よ」


 どう見ても大丈夫そうには見えない。私には分かるのだ。これは普通ではない。大丈夫など不思議な言葉なのだ。大丈夫? なんで聞く場面はほぼ大丈夫そうじゃない時に使うが、大丈夫なんて返すことは無いのだ。だからこそますます雫が心配になる。


「それよりもこれ読ませて。スマホを没収されないために」

「それよりもお母さんに歯向かってみようよ」

「うるさい!」


 ああ、私はもう助けになれないらしい。


「でも!」

「私は大丈夫だから。勉強しないとスマホを取り上げられるから。私はやらなくちゃ、やらなくちゃ」


 本当に大丈夫っていうたびに大丈夫には見えない。どう考えてもやらなくちゃ、やらなくちゃなんて言っている人が大丈夫には絶対に見えない。


「大丈夫じゃないでしょ」

「私がスマホを取り上げられて欲しいってこと?」


 こんな怖い雫は見たことがない。放っておくしかないみたいだ。


 私は自分の席に戻る。心配だが、こんなことを言われてしまっては引き下がるしかないし、あんなことを言われてまで助けるほどの器はない。


「行かないで。違うの」


 ふとそう聞こえた気がしたが、たぶん気のせいだろう。


 昼休み、雫は相変わらず携帯を触ってた。この様子を見たら本当におかしくなってるわけでは無いようだ。


 それでも心配なのは変わらないけど。



 雫視点。


「はあ、あんなつもりじゃなかったのに」


 私は呟く、菜月に悪いことをしたなとは思う。けど、菜月はきっとあんな状況になったことがないからそんなことが言えるのだ。


 たぶん菜月だけじゃ無い、他のクラスメイトたちも理解できないはずだ。たぶん毎日六時間勉強をしている人なんてクラスにいないだろうし。


 私も本当はやりたくない。ただ、スマホを人質、いやスマ質にされては、勉強するしかない。ただ、休み時間には当然スマホを触るのだが。


 あれから菜月との会話が無い。私が一方的に突き放してしまったから仕方が無いのだが、それでも分からなくなる。


 友達との絆を捨ててまで勉強するのか、せっかく助けになってくれた友達を突き放して良かったのか。ただ、残酷なことに、スマホと友達のどっちかを選べと言われたら、スマホを選んでしまう。


 五時間目の休み時間。相変わらず会話が無い。休み時間をどう過ごしたらいいのか分からなくなる。


 勉強もそろそろ嫌になってきた。本当のことを言うと、最初から嫌だったのだが。もはや限界というわけだ。だが、今回は話す相手がいない。ライターで昼休みに会話をしたのだが、やはり現実で菜月と話すのとは違う。


 はあ、頭がおかしくなりそうだ。私のせいではあるんだけども! 謝るのはなんか嫌だ。私を否定される気がして。



 そして学校のプログラムが終わる。


「なつ……」


 呼ぼうとしたが、喧嘩をしていたのを忘れてた。菜月は速攻で家に帰る準備をしている。


 どうしようか、そんなことを考えているすきに先に帰ってしまった。着いて行こうかと考えたが、私にはそんな勇気は無い。


 そして一人で家に帰る。





 そして一週間がたった。まだ菜月とは仲直りができていない。私の体調はというと、やはり限界だった。よく自分の体と精神がもってるなと、自画自賛したい気分だ。


 菜月は私みたいにずっと一人でいる。あれから謝れず、何回も喋りかけたいタイミングがあったのに、声をかけられずにいた。


「はあ」


 しんどい。学校に行く意味が、お母さんから逃げるためと、スマホ触るためというおかしい理由になってしまった。普通なら友達に会うため、勉強するため、部活をするため、青春を謳歌するためなはずなのに……。


 一時間目の授業が始まる。眠い、授業を聞くのがもうやっとだ。楽しみとしては朝にあげた絵がどれぐらいのいいねを稼げてるかどうかだけだ。もはやそんなことしか楽しみがない自分が嫌になるのだが。


 内職なんてもうどうでも良くなった。眠いし。寝すぎるとお母さんに知られるかも知れないから寝ないけど。


 絵も描きたいけど絵を描く体力なんて残ってない。寝る前の絵を描く時間だけで満足しているわけじゃないけどね。まあでも考えるのもだるい。


 二時間目が始まる。休み時間はもう寝て過ごした。眠くて仕方ないのだ。よくチャイムが鳴る前に起きれたと自分を褒めまくりたい。


「この文章はトンネルの外の景色で……」


 国語の授業が進行されてゆく。正直どうでもいい。だが、聞かなければならない。帰りたい、この世のどこかに。


「ドン!」


 音がする。それを境に意識が失われてしまった。


「ここは?」


 目が覚めて周りを見ると保健の先生がいた。どうやら倒れてしまったようだ。


「あなた、授業中に倒れてしまってたのよ」


 心配そうに見つめてくる。でも余計なお世話だ。


「……そうですか、ありがとうございます。じゃあ行きますね」

「待ちなさい! そんな体調で行ったらまた倒れるわよ」

「でも授業に出なくてはならないので」

「そんなことを言う生徒さん初めて見た」

「でしょうね」


 私も本当は出たく無い。でも、保健室で寝てたなんてお母さんに知られたら、もうどうなるかなんて言わなくても分かることだ。


「でもここから帰ることは許しません。あなたどう考えても寝不足でしょ」


 バレた。まああの感じだと当然か……。


「寝不足なんかではありません」


 お母さんのために授業に戻らなきゃ。嘘をついてでも出ないともう、スマホが……。


「お邪魔します」


 菜月が来た。時計を見たらもう四十分だった。


「あら、そもそも授業終わってたわね」


 先生が言う。そもそもの話だった。


「……菜月……」


 気まずい。


「大丈夫?」

「大丈夫」


 保健室で寝ている時点で大丈夫な訳は無いのだが。


「大丈夫そうには見えないよ。前回は引き下がったけど。もう今回は心配の方が勝つ。雫! お母さんに直談判しよう!」

「は?」


 そんなことできるわけないでしょ。何を冗談言っているのだろう。


「ここ最近雫おかしいよ。お母さんのためにとか呟いてたし。勉強ってお母さんのためにやるものじゃ無いでしょ」


 正論だ。完全なる正論だ。だが、私はその案に乗るわけには行かない。リスクがデカすぎるのだ。最悪、もっと状況が悪化するかもしれない。それに万分の一の確率でお母さんは本当に私のためを思ってやっているかもしれないのだ。私はその可能性を信じたくはないけど。


「ごめん、その案にはならない。リスクがあるから」

「だったら別の案にしよ」

「別の案?」

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