第4話 お母さんとお風呂

 私たちは別れる。というわけでまた地獄が始まる。塾に行きたくない、なんで学校で勉強した後に塾に行かなきゃならないんだ。ああ、絵を描きたい、帰りたい、帰りたくない。私には自由な時間は寝る前と移動時間と休み時間しかない。本当に不自由だ。


 塾に着いた。塾に友達なんているわけがなく、今度は菜月もいない。今度こそ本当の孤独だ。だが、十分だけ授業が始まるまでに時間がある。周りの参考書を読んでいる人たちを横目にライターにあの落書きをライトする。

 するとすぐにライ友がリライト、いいねをする。承認欲求が満たされる。さすがにちゃんと描いた絵よりはいいねされないが、仕方ない。


 そしてすぐに先生がやってきた。楽しい時間は早く終わる。授業はそんなに早くは終わらないのに。


 塾では席が決まっている、しかもその席は先生の目と鼻の先なのだ。最悪だ。絵も描けないし、スマホも触れない。


 そしてやっと塾が終わり、家に帰れる。よく考えたら家より学校の方がマシかもしれない。お母さんがいるのだ、あのクソババアが。


 はあ、帰りたくない。はあ、寄り道したい。けれど寄り道したら怒られるのだ。まっすぐ帰るしかない。帰りたくないけれど。


「おかえり、さて勉強しようか」


 さっそくだった。


「少しぐらい休ませて」


 私は無駄だとわかりながら提案する。普通に今日は疲れた。


「そんなんで大学行けると思ってるの? 休む? 今はやりたくない? じゃあいつやるのよ。このままだとあなた、ずっとやらないで、大学行かなくて、高卒で働くことになって、給料安くて、その子どもに貧乏暮らしさせて、子どもに不自由させることになって、子どもも大学行けなくなって負の連鎖が永遠に続くことになるのよ。本当にそれでいいの? 雫!!」


 ああ、またこれだ。お母さんはいつも将来の話をして、牽制してくるのだ。この明らかに全てが上手くいかない未来を示して。おそらく絵を描きたいとか言っても同じことが返ってくるのだろう。


「……」


 私は無言になる。言い返したいところだが、簡単に論破される気がする。


「ほら行くよ!」

「嫌だ!」

「もう!」


 そして私は無理矢理勉強部屋に連れ込まれた。


「さあ、まずは数学やるわよ」


 そして数学の参考書を出された。隣にお母さんが座る。


「はあ」

「またため息ついて。私はあなたのために勉強を見張っているのよ。こんな優しい親いないわよ」


 お母さんのためだろと言いたい。自分の娘が良い大学に行くことで、私はこんなに良い親ですよって言いたいだけだと思う。はあ、絵を描きたい。


「分かった」

「そう良い子ね」


 お母さんにとっての良い子でしょ。


「さて、やるのよ。その間スマホは預かっておきますからね」


 ああ、心の拠り所がー。泣きたい。


「さてと、スマホの中身は……よし、ゲームは入ってないね」


 もちろんライターだけではなく、ゲームも全てアンインストールしている。私のお母さん対策は完璧だ。


 そして数十分後。


「はあ、疲れた」


 私はふと呟いた、いや、呟いてしまった。


「もう疲れたの? まだ十分しか経っていないじゃない。そんな耐久力だとこの先困るよ」

「はい」


 そんなこと言われてもっていう話だ。私は勉強が嫌いなのに。だが、またそんなお母さんの面倒くさい話を聞かされてもいけないから、そのあとはしんどくても愚痴を言わずに頑張った。おかげで私の体力はもうゼロだ。


「美味しい」


 ご飯の時間になった。家にいる時間で寝る前を除いた一番の至福の時間だ。


「それで、勉強は捗っているのかしら」

「まあ学校も楽しいし、塾での勉強も分かりやすいし、良い感じよ!」


 笑顔で答える。当然嘘だ、学校の授業も塾の授業も楽しくない。それにしてもご飯の楽しい時間に勉強地獄の話を持ち込まないでほしい。


「ふーん、まあでも朝に言った通り、もう少し勉強してもらわないと、志望校には行けないわね」

「そう?」

「だってこれを見て、あと共通テストまでの後十五ヶ月で偏差値七上げないといけないじゃない。塾増やすだけだと足りないわね。そうね、勉強時間をまあ少し伸ばした方が良さそうね。毎日寝る時間を三十分遅らせましょうか」

「え?」


 ちょっと待って、これ以上勉強するの? 頭おかしくなるよ。死ぬよ、死んで良いの? ストレスで死ねと? あははははははははははは頭おかしくなるわ。


「別に雫いいわよね」

「うん!」


 私は笑顔で答える。あはははははははははと、心の中で発狂しながら。


「さてとご飯早く食べ終わって勉強しましょうか」

「分かった」


 分かってない、誰か助けて。しかし、この世界には救いの神はいないのだ、ゲームストーリーみたいに、ピンチの時に駆けつける正義の味方はいないのだ。もしこの話を他人にしたら、勉強は大事だよと言われて終わりだろう。あと十五ヶ月、この地獄を耐えなければならないのか。そう考えるとまた狂いそうだ。否、もう狂ってる。


「さて、夜の勉強を始めましょうか」


 お母さんが言う。結局夜ご飯は四十分で終わった。


 そして勉強が始まる。もう私の脳内には時計と、ゲームとライターしかない。



 そして五時間後。


「さあ、お風呂一緒に入りましょうか!」


 お母さんが言う。毎度の事だ。子どもか!? と言いたいところだが、お母さんが風呂に入っている間に勉強をサボるかもしれないからと言うことらしい。対策が早い。


「今日、勉強あまり身が入ってなかったんじゃない?」


 お母さんが頭を洗いながら言った。


「なんで?」

「私が思ってたより進んでなかった。本当は英語の問題集もっと進みたかったし、動画だってもう二つ見たかった。数学も進むペースが遅いし、あんなに計算に時間がかかるとは思ってなかった。今日なんか考え事してたんじゃない? 今日は珍しく勉強したくないって言ってたし。これじゃあ勉強時間三十分増やしてもたいして増えない計算になる。もしかして三十分増やすって言ったことがそんなに嫌だった? 私は雫のためを思って言ってるのに、あなたがそれに報いてくれなかったら意味ないじゃない。私は暇な時間は全て雫に捧げてるよ。私の頑張りに報いてよ。あなたなら三十分増やしても体力が持つと思ってたのに」


 私が今の言葉を聞いて何を思ったかどうかは語るまでも無い。ただ一言で表すなら、この世界滅べという事だ。


 私は母さんの為にやってるわけではない。三十分増やしても体力が持つ? そんなわけない。私の体力はすでに毎日百二十使われてる。百分の百二十だ。もう私の精神力は半分死んでいるも当然なのだ。


「だからね私考えたの。勉強以外の全てを奪ったら良いって。でもいきなりは雫がかわいそうでしょ。だからテストの点で決めるわ。まず最初にあるのは二学期の定期テストよね。だから定期テストで良い点取れなかったスマホ没収ね。私何も考えてなかったわ。罰則がないとダメよねやっぱり」


 罰則よりもご褒美が欲しい。


「だから決めた。雫が次の定期テスト、五教科で平均九十点以上取らないとスマホ没収ね。定期テスト……雫だったら授業ちゃんと聞いてたらできるでしょ」


 ダメだ授業なんてちゃんと聞いていない。でもだからと言って定期テストの勉強なんて前日ぐらいにしかさせてもらえない。なら学校か、寝る前にしないといけない? 至福の時間を捨てて? ああ、狂うしかない。


「分かった?」

「うん」


 笑顔で答える。もうこれ以上話を聞かされては私の体力が持たない。


「じゃあお風呂でしっかり浸かろうね」

「うん!」


 ああ、もう顔を見たくない。目の前にお母さんの裸体が写っているが、その姿も見たくない。お風呂は休まるなんて誰が言ったんだ。私はその気持ちが全然分からない。


「雫」

「なーに?」


 お母さんが頭をなでなでしてきた。あんなに私にむかつかせといてよくそんなことができる。私だったら気まずくなる。


 いや、この人は私の気分が悪くなっていたことにも気づいてなかったのか? それとも私の気分を変えようとしてやったのか? ただ、この人の場合悲しいことに自分が頭を撫でたいからという欲求の可能性が高い。


「ありがとう、気持ち良い」


 とりあえず私のためにお母さんの気分を良くしとこうか。


 そしてお風呂に浸かって、自分の部屋に帰った。


「さてと書こうか」


 私の至福の時間、スマホでライターを見ながら絵を描く。これ以上の幸せはない。だが、すでに一時だ。そこまで時間はかけられない。


 今の時代便利なことにスマホに絵書きサイトがある。そこで絵を描けるのだ。私はまず顔の輪郭を描く。そしたらライターに通知が来た。


(蜜柑ちゃん、ドンマイ)


 朝のライターの返事が今来た。私は一旦絵を描くのをやめて、返事を書いた。


(悲しいよぅ)


 と返事した。そして私は絵の続きを描き始める。


 幸せだ。一日に三十分自由な時間がある。ライターもある。私は幸せなのだ。ふふふふふあははははは。

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