サツが来るまでにまだ3分はある

塩焼 湖畔

薬島三郎が三分でできること

 薬島三郎には三分以内にやらなければならないことがあった。灰色のビルがそびえ立ちそれよりもさらに暗い灰色の雲が空に蓋をする。

 重金属酸性雨が降り注ぎ立体有機ELネオンの看板に弾かれ極彩色のモヤをかける、ここは魔都ネオシンカベキチョー。

 重金属酸性雨の中でもLED発光ガジェットを身に着けた人々が行き交う、その中を時代錯誤の黒スーツを翻し薬島三郎は走っていた。

 

「何処に目つけてやがんだ!」


 大柄のサイボーグ男性の怒号が響く、有機ELサングラスの向こうからは赤いサイバネティクスの光が覗いていた、只者ではない。


 薬島は抱えている色褪せたボストンバックの無事を確認すると吠える。


「五月蝿いんじゃワレェ!!中身がワヤになってしもたらどう責任取るつもりじゃ!!」


 薄黒のガラスサングラスに眼光が煌く。大柄のサイボーグ男性も生身の人間、それも時代錯誤の黒スーツから放たれる威圧感に一瞬身を竦ませる。


「チッ」


 薬島は軽く舌打ちをすると、大通りを駆け抜けた。爆発音が遠くから鳴り響き、重金属酸性雨の水溜りにパトランプが反射する。


 曇天を突き抜る高級タワーマンション。眼下には有機ELネオンに照らされた労働者達が霞む、彼らには無縁の場所だ。

 そんな場所に似つかわない黒スーツの男が一人、勢いよく扉を開き部屋に飛び込む。


「大丈夫かポピー!」

 薬島の声が広い部屋に響き反響する。


「兄貴……俺っ……俺っ……!」


 部屋の中には少しチャラついていいるが可愛らしい顔をした金髪の青年が汚れた服で座り込んでいる、とても高級マンションに住んでいそうには見えない。


「大丈夫や、サツが来るまでまだ3分はある、それまでにお前は身奇麗にしとけや」


 薬島は部屋に上がり込むと机の上で色褪せたボストンバックから道具を取り出し丁寧に並べ着替えを始める。


「兄貴、俺も手伝います!」


「アホか時間もない、お前がおると足手まといや」


「でも、兄貴……!」


「二度も言わすなや」


 薬島は話しながら着替えを済ますとポピーを部屋の外に追い出した。


「ほな、始めよか」

 薬島は息を吐き出し、自分に言い聞かせた。


「まずはバラしていく今回は時間もないからざっくりや。本来ならもっと丁寧に処理せなアカンけどな。」


 薬島は慣れた手つきでバラしはじめ、バラされた部位は水音を立てながら容器に収まっていく。


「そんでこいつを使う」


 机に置かれた無機質な大容量ミキサーに入れられた、そぎ落とされバラされた部位が砕かれ混ざりあい耳障りな音を立て始めると、薬島の辺りから刺激臭が漂よう。


「ゴホッゴホッこっちはええな、どんどん行くで」


 火にかけた容器から立ち上る刺激臭が薬島の喉を焼き、追加でタンパク質の変質する臭いが混ざる。

 薬島の作業する隣には液体の充填された大鍋があり、ゴポゴポと気泡がなべ底から這い上がっていた。


「兄貴ぃ!」


「今忙しんいんじゃ!」


 身綺麗になったポピーが薬島のいる部屋に飛び込んでくる。


「もう、そこまでサツが!」


「なんやと!? 間に合わんかったか・・・しゃーないアレを使うからはよ、持ってこい!」


「でも兄貴、アレは兄貴の虎の子じゃないですか!?」


「弟分のためやったらそんなもん惜しくないは、はよそこに置かんかい!」


「ありがとうございます!兄貴ぃ!」


 外付けされた、有機ELディスプレイが虹色に輝く最新Ai式圧力鍋が、ポピーから薬島に渡され薬島が不敵に笑う。


「ワシらの命運はこいつにかかっとるが、まぁこいつの破壊力ならいくらサツでもイチコロや、安心せいポピー」


 その時、家のドアが開く音が聞こえた。


 ポピーの息をのむ音すら聞こえる静寂がそこにあった、薬島は顎でポピーに指示を出す。


「俺、出てきます・・・!」


 ドアが開くとそこには全身強化樹脂装甲に覆われたフル装備の戦闘用サイボーグが立っていた。胸部装甲にはめ込まれた桜の代紋のエンブレムが全てを物語っている。


「この臭い・・・ッ!」


 女性声の戦闘用サイボーグは臭いを嗅ぐなり、ズカズカと部屋の中に上がり込んでくる。静まり返った部屋に戦闘用サイボーグの重い足音が響き、薬島のいる部屋の扉が開かれる。


「よう、上がらしてもろてるで」


「これは・・・どういうこと、説明してもらえるかしら?」


「まあまあ、まずはこいつを見てもらおうか」


 台所に置かれたAi式圧力鍋の蓋を、優しく叩きながら薬島はニヤリと笑った。カタカタとAi式圧力鍋が不穏に揺れ、威圧的に有機ELディスプレイが光る。


「まさか、それってッ!?」


 戦闘用サイボーグは身構えゆっくりと後ずさる。


「そのまさかや佐津!」


 炊飯器からお米の炊き上がる音が鳴る。


「カレーだぁっ!」


「ねぇちゃん!取り敢えずそれ着替えなよ、カレー温めとくからさ」

 

  ポピーの声が玄関から追いかけてくる。三分クッキングとはいかなかったが、このご時世に一晩寝かした、レトロなトラディショナルカレーだきっと佐津のお眼鏡には叶うだろう。

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サツが来るまでにまだ3分はある 塩焼 湖畔 @7878mrsk

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