含飴弄孫、究極

トビラバタン

 

 煙が浮いた夜空にしばし見入った。火事でもあったのかと思ったが、透けた布のような雲だ。


 結衣ゆいはシフォンの下着を身に纏っていたタワーマンションを思い出す。


 二十歳の頃、上京した友人をそこに呼び、彼氏を自慢した。あのとき、友達の連絡先をブロックして、それきりになったが、彼女は正しかったのだと思った。四年前、マンションから去っておけば、こんな街には来なくて済んだのに。


 ホームを歩くと、カーディガンとワンピースをすり抜けて冷気が肌に届く。


 着いた駅は二十二時過ぎで終電が終わる。スカスカの時刻表を横目に無人の駅舎から出ると、ロータリーと呼べる場所はなく、公道のアスファルトと違う白っぽいコンクリートが適当に広がるだけだった。目線を上げれば、黒い塊のような山が並ぶ。


 この駅では結衣を含め、三人が降りた。下車に戸惑っていた結衣が外に出ると、残っていたのは排気ガスの匂いだけで、彼らはもう居ない。


 道の向こうにある商店街は、点在するタバコと飲料の自販機の他は真っ暗だ。どんな店があったのか、記憶にない。


 小さい頃、盆か正月にしぶしぶ泊まりに来る祖父母がいるだけの街。祖母が死んでからは、祖父がいるだけの街。


 やがて商店街の道から一台の車が現れる。白い軽トラだ。曇ったヘッドライトが身体にあたる。


 無言のまま車に乗り込むと、少しカビ臭いエアコンの匂いがした。


「四分遅れたか。すまんな」


 と祖父は低く言った。


 薄い頭に似合わない太い眉が特徴的で、夜がさらに増幅させるのか、八年前よりも確実に老いていた。温風を最大に上げて、車は走り出す。


「夕飯は食ったか?」


「大丈夫」


 それだけで会話は終わった。結衣が話せることはない。祖父と最後に会ったのは祖母の葬式で、黒髪に膝丈の制服だった。今は髪を染め、下着が見えそうなワンピースを着ているが、父から自分のことは聞いているだろう。


 十分ほど車が走れば、山裾が黒々と忍び寄る。田畑が広がり、車が曲がるとヘッドライトの光の端に強張った土だけを見せた。少しの隙間も許さない東京では考えられない空白が両脇に広がっている。


 道を照らすライトに誰かが浮かびそうで、車内に目を落とす。ネオンなどない街は車内すら暗く、手の震えを自分で抑えるしかやることは無かった。


 数件の民家と古びた寺を過ぎ、ゴミ捨て場のある雑木林の坂道を上る。舗装された道路が終わると、ドスンと車が揺れた。駅から見えていた暗闇の塊を登り、内部にグネグネと入って行く。


 やがて一軒の家が見えて来る。生垣と少しの畑、トタン屋根の倉庫が記憶に蘇る。

 車から降りてピンヒールを玄関の隅に置くと、祖父は台所に消えて行った。


 家は何も変わっていなかった。磨りガラスが嵌るトイレのドア、ラメの入った砂壁、少し軋む板張りの廊下。玉すだれをくぐり居間に入れば、年月が色を濃くした茶箪笥やコップのシミが付いたこたつ、天上からぶら下がる電気笠、かすかな線香の匂い。


 襖を隔てて仏間がある。そっと覗くと、豪奢な仏壇にある祖母の位牌の金文字と遺影が目に入った。線香の匂いが充満し、お供え物がある。


「まあ、飲みん」


 振り向くと、祖父は盆に湯気のたつマグカップをのせていた。


 花柄のこたつ布団を捲り、座布団に座る。マグカップを持つと、手がじんじんとして、一口啜る間に視界が揺れて霞んでいく。


「薄いね、これ」


 酒を飲まない夜は久しぶりだった。

 三ヶ月前から彼氏が結衣に言う言葉は変わり、他の女が堂々とマンションの部屋に入って来た。それは四年前の結衣でもある。あの女が言った「なるほど、二十四か」と言った意味を知る。


 祖父はテレビをつけて見たことのないローカルのバラエティー番組にし、部屋から出て行った。にぎやかな声を聞いていると、本当に気まぐれで遊びに来ただけなのかもしれない、と錯覚してしまう。


 ティッシュで目元を押さえると、化粧が剥げた。それには慣れている。


 傍に置いてくれるならと、恋人ではなく雑用係をやった。大きな商談が決まったと、最近は結衣にも機嫌がよかった。ベランダに裸で出されても、忘れずに中に入れてもらえた。


 そんなことを喜びに勘定する自分を捨てるように、今日の朝、久しぶりに感じるプライドのまま、川に彼の荷物をすべて流した。電話をする彼の声が甦る。


——荷物を持って今から向います。女はサービスってことは先方にはもう言ってあります。ええ、返さずとも良いですと。え? まあ、リユースですよ。

 

「もう行くから」


 祖父は廊下を挟んだ台所に行っていた。聞こえなかったかと思ったが、戻って来ると控えめな声で言う。


「今から行かんでもいいよ」


 祖父はスプーンでココアを山盛りカップに入れ、くるくるとかき混ぜてくれる。


「悪いことしちゃったの……」


 チャイムが鳴る。鳴るとは思っていた。隣の民家は遥か遠いのに、車が停まる音はすぐ傍で聞こえていた。彼の部下だ。しらみつぶしに親戚や知人の家をあたり、ここに辿り着いたのだろう。


「私は行くから。おじいちゃん、ありがとう」


 意を決めて結衣はこたつから足を出す。


 すると祖父も立ち上がり、壁にかかった日めくりを半分ほどめくった。よくわからない行動だったが、カレンダーの中央がくり抜かれており、拳銃がはめられていた。


「お前はいいんだよ」


 と祖父は笑った。


 結衣はまたこたつに足を入れて座る。色の濃くなったココアに目を落とす。白い細かな泡がまだ回っていた。日めくりをもう一度見る。

 リボルバー式の拳銃がある。


「え」


 頬に流れる涙がとまる。ゆっくりと瞬きをする。電車の中で隠れて泣いていた腫れぼったい瞼を見開き三度目。


 右端の日付は五月五日。祖父の字だろう、達筆な文字で「蒼介そうすけの子(ひまり)、知育おもちゃ」と書かれている。蒼介は兄のことである。兄に子供がいるのか。疎遠になっていたので、結婚すら知らなかった。いや、そんなことよりも中央にはやはり拳銃がある。いや、エアーガンかもしれない。


「ダブルアクションわかるか? 引き金を引くだけだ。蓮根が回って弾あるところに六回とまる。どうにもならんかったら、両手で握って敵を引き付けて撃て」


 祖父は拳銃を取り出し、結衣に握らせた。ずしりと重い。銀の銃身を覗くと空洞には螺旋が刻まれていた。グリップには微細な傷。微かに花火のような匂い。無機物が発するはずもないエネルギーが満ちている。


 祖父は日めくり横に掛けてある黒い厚手のチョッキを着て、仏間へ続く襖の一枚を取り外し、部屋の廊下側の隅に立てかけた。


「この中におれ。この襖は防弾だ」


 結衣は銃を握り絞め、こたつで固まっている。チャイムは鳴る間隔が短くなってゆく。


 祖父はそれに急かされるように、茶箪笥の一番下の引き戸を開け、ずるずると鈍色の鎖を引っ張った。やがて棘のついた鉄球がどすん、と畳に落ちる。茶箪笥からモーニングスターが出てきた。唯一やったことのあるRPGで最初のボスが使っていた武器だ。これで攻撃されたら勇者でも死ぬでしょ、と思ったので名前を覚えている。持ち手から鎖が伸び、その先の棘が付いた鉄球を振り回し、敵を殴打する武器。


「結衣、襖の中に入れ」


 言うとおりにするため立ち上がる。廊下側に立てかけられた襖をずらして壁際に座る。顔の半分を出すと、祖父は頷いて笑った。


 命令を行動に移すのは楽だ。考えるのを放棄できる。もう頭が追い付かない。チャイムを押しているのは元彼の部下で、自分がドラッグを川に捨てたのを咎めに殺しに来た。そこまでは普通だ。いや、普通ではないけれど。それでも日めくりに拳銃があり、それを孫に握らせて、防弾の襖に身を隠すように指示し、当然のようにモーニングスターを茶箪笥から出す祖父よりは普通ではないか。


 ぶちぶちと鉄球の棘が畳を裂いてささくれを作るのを黙って見る。祖父は廊下へ見切れる前、背中越しに呟く。


「じいじに任せとけ」


 祖父の姿が消えたあと、玄関から轟音が二度聞こえた。ガラスが割れ、男の声ならぬ声。それからチャイムは二度と聞こえなかった。


 襖を抜け出し、そっと廊下を見てみる。玄関の引き戸は中央に大穴が空いていた。あらぬ方へ腕が曲がった男が門扉から夜に消える。


 祖父の持つ鉄球は玄関のポーチに伸び、ピクリとも動かず倒れた男の顔面を潰していた。こちらに足を向けているが、とくとく血が飛び石に広がっていく。


 結衣の上皮と服の間に違和感が走った。現実感が腺から押し出され、自分の身体が別世界に転送されていくようだ。


「どうして……」


「これは納屋から出しといた」


 結衣は具体的に何を聞いたのか自分でもわからないが、武器の保管場所を聞いたのではない。


「し、死んでない? その人……」


 祖父はそれには答えなかった。鉄球を外からずるずると引っ張る。男の身体を棘が裂き、真紅の道を作る。それから結衣のヒールを持って来た。履けということだろう。手渡される。

 

「飴いるか?」


 祖父はポケットから飴を取り出すと、両端を絞った包装紙を解き口にほうる。結衣はそれを見ながら、ヒールの中のガラスと木屑を払い履く。


「……ココアがあるからいい」


「ジジイ、出て来いッ‼︎」


 怒号が自分の声を掻き消し、身体が強張る。同時に耳を劈く発砲音がし、目の前の廊下に高速で何かが横切る。


 それが銃弾だと理解すると、途端に手にした拳銃を握る手が緩まる。しかし結衣の手と銃を温かでしわくちゃな手が包む。


「とにかく生きてくれ」


 祖父は鎖の中間を持ち、鉄球を天井に舞い上げた。鉄球が砂壁に掠り、バラバラと欠片が落ちゆく。祖父の浮き出た血管は脈打ち、滲んだ汗が流れていく。


「テレビでも見とれ」


 結衣はそれに従い、壁に立てかけた襖にまた戻る。襖の向こうのテレビはCM中で、女優がフルモデルチェンジした車体にうっとりしている。家屋が破壊される音と銃声で聞こえないが、ドライブを楽しみながら歌っている。


「深層土壌調査を委託される会社が使う計測器具の部品規格を決める会社が委託する製品振動検査をする会社」


 と呟いてみた。祖父は神奈川でそこに勤めていたが、結衣の父親が生まれたのを機に独立して、祖母の故郷であるこの街に移り住んだ。人里から離れたこの土地を買ったのは検査場を建てるためで、庭に今は倉庫として残ったいる。


 テレビを流し見ながら、その中はどうだったか思い出していると、居間のテラス窓が割れた。吊られていた金属製のウィンドウチャイムが派手な音を鳴らす。弾丸が頭上の日めくりカレンダーに埋もれた。窓は蹴破られ、カーテンはもがれ、入ってきた男と目が合う。直後、廊下から豪速の鉄球が一直線に視界を横切った。聞いたこともない鈍い音を出して男の顔面に当たり、庭へ窓ごとふっ飛ばされる。カーテンレールの上にある富士山の写真を飾った額に血が飛び散る。


「大丈夫か」


 居間に入って来たのは、祖父だけではなかった。背後からぬっと伸びた太い腕が、祖父の首に巻き付く。虚をつかれたのか、彼の目は見開かれた。もつれながら二人は居間になだれ込む。祖父の首を絞めているのは、元彼の運転手の大男だ。


 ヘッドロックをキメられ、足を浮かせてもがく祖父と目が合う。何が言いたいのかわかった。右手で拳銃を握り、左手を包み込むように添える。引き金が人差し指に触れる。祖父は男の腕にしがみつき、両足を高く上げた。大男と目が合う。やれるわけがないと言葉無しに笑われた。


「は?」


 と結衣が声を出した時にはもう撃っていた。脛を狙ったが、脹脛を掠っただけだった。


 痛みに緩んだ腕から逃れた祖父は、壁掛けのレターケースからペーパーナイフ取り、大男の目を一刺しする。続けて、もう一撃。両目の潰れた大男は叫びながら、でたらめに拳を振り回す。


 結衣は四つん這いで仏間に移動する。床の間まで何とか進むと、庭から咳が聞こえた。


 レースのカーテンを開けて見ると、祖父が庭で倒れている男の元に歩いて行った。目当ての物を拾うと、暗闇で光が浮かぶ。耳を劈く乾いた音は二回。居間の大男が茶箪笥にぶつかり倒れる。


 ピヨピヨと鳴った。テレビの上の壁掛けの時計だろう。暢気な鳥が小窓から出て時間を知らせているのだ。こんな部屋に十一回も出てきたくはないだろうなと思うと、体の中で水の音がした。あ、と思って我慢しようとしたがチロチロと流れてしまう。下着が濡れて、四つん這いの足に伝う。足を上げ忘れた犬のようにダラダラと垂れる。


 祖父がのそのそと居間に戻って来ると、こちらを見ずにテレビの音量を上げた。騒がしい笑い声のする番組に変えた。


 まあ、いいかと結衣は思った。祖母の位牌を見ながら全て出し切ると、体の痺れが取れた気がした。


「飴はいるか?」


 結衣が居間に戻ると、祖父は飴を差し出した。


「……ココアがまだ残ってる」


 大男はこたつの脇に転がっている。ココアは奇跡を潜り抜けていた。埃が浮いていたが一気に飲む。


「……濃過ぎ」


「加減が難しいな」


「袋の裏に書いてあるよ」


 コロコロと口の中で飴玉を転がし、ふうむ、と祖父は唸った。


「お前はあれを読むのか」


「……読まないけど」


 股の濡れたワンピースを捌きながら、男の死体を避けて茶箪笥を物色する。ほうじ茶のティーバッグを見つけた。転がった電気ポットを拾ってプラグを差す。


「おじいちゃんて……こうなるって知ってたの?」


「東京の知己が教えてくれたんだよ。俺の孫が箱五千のブツを川に捨てたぞ、とな。どんだけ捨てた?」


 その問いに答えるのに数秒かかった。ポットから湯を出してココアのマグカップを濯ぎ、お湯を床に捨てる。五千万か。


「車ごと捨てちゃった」


 車ごと、と祖父は少し驚いた。結衣はその顔を見て笑う。


「ムカついて、車奪って、捨ててやったの」


「どうやって?」


「デュアロジックってやつだったから」


「そりゃあ、半クラってことか?」


「半クラ?」


 うん、と祖父は飴をカラコロと口の中で転がした。


「何箱あった?」


「たぶん八箱」


「おお」


 そう言って祖父は庭の倉庫に小走りで駆けて行った。結衣は座布団に胡座をかいて、ほうじ茶のティーバッグを開け、念の為嗅いでみる。当たり前だが、ほうじ茶の香りがした。マグカップに湯を入れて、こたつで上下に紐を動かしていると、祖父が銃身が四つある大きな銃を腰に下げて帰って来た。


「それ、おじいちゃんの会社で造ったの?」


「いや、これはアメさんの落としもんだな」


 アメさんが何かよくわからない。


「そういうのってさ、左利きなら左手で引き金引くの?」


「利き目の方の手で撃つ」


「それ、早く言ってよ」


 祖父が頭を掻きながら数度頷く。

 また外で車の音が聞こえた。タイヤで地面を削るような荒々しい音で停まる。


 結衣は熱いままのほうじ茶を一気に飲み干し、防弾の襖に身を隠す。リボルバーのグリップの汗を服の袖で拭い、握り直す。


 祖父は結衣の目の前に立った。大きな銃から垂れの弾帯が蛍光灯にキラキラ光る。


「そのベルトは手作り?」


 それに何も言わないので見上げると、彼はイヤーマフを外す。


「それ、私の分は?」


「すまん、忘れとった」


 そう祖父が言うと、車が加速する音が聞こえた。開け放たれている玄関から、LEDのヘッドライトが廊下を照らす。庭の植木を薙ぎ倒す音が聞こえ、ドンと家が揺れる。ガラスや木片、砂煙が廊下に舞うと、大きな黒いSUVが居間の目の前まで突っ込んできた。


 祖父は運転席に撃ち込む。結衣は耳を塞ぎながら弾帯が飛び跳ねるのを見る。不意に庭から何か投げ込まれ、襖の中に入って落ちた。手榴弾だ。


 急いで投げ返すと、庭先で垂直に火柱が上がった。また祖父に目を戻すと、蜘蛛の巣の入ったガラスが崩れ落ち、中の男の小さな悲鳴が漏れた。庭に人影がある。また手榴弾投げ込んで来た。今度は四つ。


「無理!」

 

 と結衣は廊下の天井目掛けて放つと、祖父が振り返る。襖を屋根のようにして身を伏せると、端を持つ手に何が刺さる。爆風が下から届き、床に衝撃が走る。


「ねえ、これって防水⁉︎」


 右手の拳銃が大男の血で濡れた。襖の下から叫ぶが、耳鳴りがしてまともに音が聞こえない。


 二階と仏間、台所のある方角から振動がする。日美佳は背に襖をのせて、ポケットのスマートフォンを左手で触った。電源を付けて、警察あるいは消防に電話しようかと考えたが、すぐに考え直した。


 振動の中に、確かに祖父を感じる。


 昔から勘は良かった。高校で抜き打ちの身だしなみ検査がある日がわかったし、コンビニの駐車をする車を見てあれは店に突っ込むと当てることができた。


 自分は無意識にその勘に自信があったのかもしれない。元彼を酷い男だと見抜けなかったのは、恋心が鈍らせるのそれを知らなかったのだ。しかしそれはもう川に捨てた。


 祖父は全てを殺すだろう。明日の天気予報よりも明確なことだと結衣は思う。


 襖から顔を出すと、庭から中に歩を進める黒い目出し帽の男がいた。


 祖父が身を隠すことなく居間へ来ると、また銃撃が始まった。急いで耳を塞ぐ。


 置物になっていた鉄球の鎖を祖父が引っ張る。鉄球を回し、目出し帽の男の弾丸を逸らす。片手で銃を放ち始めると、相手は仏間に身を隠した。祖父が鉄球を投げる。壁が崩れ炙り出された。転がる男は弾幕を避けきれず、足が飛び散っていく。銃を握る手は鉄球で潰され、目出し帽のギラギラとしていた目がみるみる電車の中のサラリーマンのように死んでいく。


 耳から指を抜くと、


「マイクロガンとか、マジかよ」


 と聞こえた。


「ジジイを舐めとったか」


 二人の口調は軽やかで、コンビニの店員と常連客のようだった。

 祖父は腕と足が千切れそうな男に跨り仁王立ちする。


「糞だな。老害め。何でまだ生きてんだ」


 男は祖父に気遣うように横を向いて咳をした。


「お前、孫はいるか?」


「あんたらと違ってゴム付ける世代なんだよ」


「そうか。孫は可愛いぞ」


「……あれが? 中の下じゃん」


 祖父はずらしたイヤーマフを直すと、ズドドドンと相手の顔面に撃ち込んだ。


 結衣はまた耳が遠くなった。襖を倒して立ち上がると、よろめきその場に転んでしまう。破壊された壁から仏壇が見え、位牌の金文字が祖母の言葉を思い起こさせた。


———結衣、じいじにたーんと甘やかされなさい。そのあとは、お礼をちゃんと言うのよ。


「……ありがと」


 そう言うと、祖父は笑って飴を噛み砕いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

含飴弄孫、究極 トビラバタン @tobirabatan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ