悪役令嬢は馬車に乗る
ソフィアと城下街に遊びに行ってから早くも一週間が経ち、とうとう出発の日がやってきた。ソフィアには、事前に行くことを伝えておけば一人で城下街に降りても良いと伝えたため、この一週間で何回か外に出ていたようだ。詳しくは聞いてないもののクラスメイトと遊ぶことができた程度のことは聞いているため、おそらく攻略対象たちと遊ぶことができたのだろう。
今日からは王都を離れてしまうため攻略対象たちと会うことはないだろうが、夏休みの分のイベントは大方できたと思ってよいのではないのだろうか。
「二人とも準備はできたな? ではそちらの馬車に乗りなさい。」
お父様に促され、ソフィアとともに馬車に乗り込む。それから、今日はセシリアとカティにも一緒の馬車に乗ってもらう。いつもはセシリアとカティだけだったのに今日は目の前にソフィアがいることに違和感を覚えてしまう。ちなみに、席は私の隣にセシリア、前にソフィア、ソフィアの隣にカティという形だ。セシリアたちが乗り込み、ドアを閉めてもらい馬車を出してもらう。
ここから何事もなくスムーズにいけば、二日で領地に着くことができる。それでも二日、ソフィアと二人きりでは何かと気まずい時間が流れてしまうだろう。そのためにセシリアたちには付いてきてもらったのだから、まずは紹介しなければ。
「ソフィア、彼女らが私の専属メイドたちで、こっちがセシリア、貴女の隣にいるのがカティよ。」
「セシリアと申します。よろしくお願いします。」
「カティです。よろしくお願いします。」
「セシリアとカティだね。よろしく。二人とも敬語はなしでいいよ。」
「ちょっとソフィア、いきなり何を言っているの? 直接でなくとも、主従の関係なのだから節度を持たないといけないわ。それに、セシリアたちも急にそんな風に接するのは難しいでしょ。」
私とあの場所で話すときは砕けて喋ってもらっているが、彼女たちも従者としての心得を修得した歴としたメイド、なかなか主人の立場にあるものと気安く接するのは難しいだろう。
「でも、お姉ちゃん。ここには私たちしかいないんだよ。お姉ちゃんだってずっと二人と敬語で話してもらっているわけじゃないでしょ?」
「それは、……そうだけど。でも初対面で切り替えるのは難しいでしょ? ね、セシリアそれにカティも。」
「私はこれが普通ですから。」
「じゃあ、僕は敬語を外させてもらうね。改めてよろしく、ソフィア。」
「っふふ。うん、よろしくね。カティ、それにセシリアも。」
すると簡単に打ち解けてしまった。この様子ならセシリアたちはソフィアとも上手くやっていけそうだが、なんだか二人が取られてしまったようで少し物寂しくなる。そんな気持ちが顔に出てしまったのだろうか、セシリアに「リリィ様が一番ですよ。」と耳打ちされる。
はっとしてセシリアの方を向くと笑顔を返してくれる。ソフィアとカティはお互いに握手を交わしていたりして気づいていないようだ。小さいころから隣にいるセシリアは、私の小さな変化にすぐに気づいてくれてほしい言葉をくれるとても大切な存在だ。もし、ソフィアがいなかったらセシリアに甘えていただろう。
「じゃあ、分かったわ。周りに他の人がいないときは、ソフィアと砕けて喋ってもいいけど、他に人がいるときはしっかり敬語で喋りなさい。そうしないとセシリアたちが怒られてしまうし、私もセシリアたちを守れないから。」
「分かった、じゃあそういうことで、よろしくね。」
さっきは二人がソフィアと仲良くなることで離れてしまうと思い寂しくなってしまったが、よくよく考えればこれはいいことだ。ここで、ソフィア達が仲良くなることで、私が死んだ後にソフィアに二人を守ってもらえるかもしれない。私の連座でセシリアたちまで累が及ばないように、今のうちにソフィアにいい印象を持ってもらおう。
「これから領地に着くまで二日以上あるから、それまで何もしゃべらないのは退屈でしょう。だけど、私たちに共通する話題も少ないだろうから、自分の小さいころの話でもしましょうか。なかなかこういう機会でもないと聞くこともないだろうから。」
昔の話を知れば、ソフィアも二人に情を覚えやすくなるかもしれない、そう思い提案すると、
「いいね。私も皆の昔話聞きたかったし。」
「分かりました。」
「分かった。じゃあ誰から話す?」
と皆好意的な態度で返してくれた。
「じゃあ、言い出した私から話すことにするわ。……そうね、自分で言っておいてなんだけど何を話せばいいかしらね。まあ小さいころはほとんどセシリアと一緒にいたような気がするわね。セシリアは私の2歳上だけど、私の生まれた時から一緒にいたわよね。」
「はい。お嬢様が生まれた時に専属メイドとなり、一緒にいるように言われました。」
「そう。だから私の記憶にはいつもセシリアがいるわね。それにお母様はほとんど家にいなかったしお父様も忙しかったから、セシリアのお母さんのサラさんや他の従者の人たちに育ててもらっていたわね。」
「サラさんってセシリアのお母さんだったの? でも確かにどことなく面影を感じるかも。」
「そうね。今はソフィアに付いてもらっているんだったわね。だから私の第二の母みたいな感じなのよね。」
サラさんは優しいけど厳しい人だった。私が前世の記憶をもとにいろいろしでかすことはあったけど、私がいろんなことに挑戦することには寛容だった。でも、礼儀や作法にはとても厳しくて、姿勢やテーブルマナーなど様々なことを叩き込まれた。
「それに、小さいころはこれから行く領地の方で育ったのよ。よく外に出て走り回ったりちょっと山に入ったりして遊んでいたわね。5歳で社交界に出てからは、いつもの家で暮らすことになったから少し外で遊ぶ頻度は減ったけれどね。……とりあえずは、こんなものかしらね。じゃあ次は誰が話す?」
「ええー、もっとお姉ちゃんの話を詳しく聞きたいなあ。」
ある程度、話し終えるとソフィアにまだ聞きたいとねだられるが、今はソフィアとセシリアやカティが仲良くなってほしいため、私の話は少しでいいのだ。
「まだまだ時間はかかるのだから、続きを話す機会もあるでしょう。」
「でしたら、次は私が話します。」
「じゃあお願いするわね。」
ソフィアのお願いを断ると、セシリアが次の話し手になってくれた。小さいころから一緒にいるが、いつの間にかセシリアはメイドとして完璧な仕事をしてくれるようになったので、いつメイドの勉強をしていたのか不思議だった。案外昔のことを聞く機会はないので、私もセシリアの話が楽しみだ。
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