悪役令嬢は押しに弱い
夏休みに入って数日が経った。完全に暇なわけではないが、久しぶりに羽を伸ばせている。夏休みの間は特に意地悪もないし、悠々自適に暮らせている。
あれ、そういえば夏休みにはイベントがあったのでは? 城下街に降りて、攻略対象たちと買い物をしたり王都祭という名の夏祭りを楽しんでいたはず。それなのに、ソフィアが城下街に降りたという話を聞かないわね。
まだ夏休みは期間があるとはいえ来週には領地にもどってしまうし、そこまで時間的に余裕があるわけではない。予定があるかもしれないし、ソフィアに聞いてみるしかないわね。
「ソフィア、ちょっといいかしら。」
「何、お姉ちゃん。どうかした?」
「ソフィアはこの夏休み何か予定があるかしら? 誰かと一緒に城下街で遊んだり、勉強したりする予定が。」
「うん? 特にないけど、急にどうしたの?」
「いえ、別にずっと家にいるのもどうかと思っただけよ。そう、何もないなら……そうね、明日あたり一度城下街に行ってみるといいわ。きっと楽しいわよ。」
ソフィアはこちらに来てからそこまで出歩いていなかったから城下街は新鮮でしょう。それにニコラスやレオナルド王子はちょくちょく城下街にいたはずだから行けば会えるでしょう。
「明日城下街に? それは、お姉ちゃんと一緒に?」
「いや、それはちょっ。」
「楽しみだなー。まだ全然こっちのお店とか分からないから案内してくれるでしょ? 何時から出る? 朝から行こうね。」
満面の笑みでそう答えられる。別に明日は特に重要な用事もなかったし、断る理由があるわけではない。これで行かないとは言いづらいし、慣れていない場所に一人で行かせるのも酷か。一度行けば次から一人でいけるようになるはずだ。
そう、これは決してソフィアに押し負けたとかそういうのではなく、メリットがあるからそうするのよと誰に対してでもなく言い訳じみたことを考えてしまう。それにしてもこんなに押しの強い子だったかしら?
「ええ、分かったわ。明日の朝食を食べたら準備をして出ることにしましょう。セシリア、そういうことだから準備をお願いできる?」
「分かりました。」
「ありがとう、お姉ちゃん。楽しみだね。」
「ソフィア、外出用の服は持っているのかしら。そこまで上等じゃなくて動きやすい服なんだけど。」
「もちろん。あっちでは年中外出てばっかりだったからね。むしろそういう服ばっかだよ。」
それはそれで問題なのでは? まあ確かにソフィアは辺境伯というかなり位の高い貴族の娘なのに妙に庶民的な感じだったわね。まあそうでないと主人公に自分を重ね合わせづらいものねと一人納得する。
「そう。それなら良かったわ。じゃあ明日ね。」
~~~
「カティ、明日ソフィアと出かけることに決まったから護衛をお願いするわ。」
「それはもちろんいいけど、急だね。夏休みはあんまりソフィア様と関わらない予定じゃなかったの?」
「リリィ様がソフィア様のお願いを断り切れなかったのです。嘆かわしいことですね。」
セシリアがいつにも増して辛辣だ。確かにそうかもしれないけど、そこまで言う?
「そんな風に言わなくてもいいでしょ、全く。それに完全に計画外っていうことでもないのよ。夏休みにソフィアには城下街に降りてもらって、攻略対象と遊んでもらわないといけないのよ。だけど、今のままじゃ全然行く気配がないでしょ? だから一度私と行くことで、ハードルを下げるのよ。」
「ハードル?」
「とにかく、時間もないんだしいいのよ、それで。」
「はあ、分かりました。……そういえば、時間がないということは、ベティルブルグ家の領地にソフィア様も連れていくんですよね。」
「そうよ。……いや、置いていった方がむしろいいかしらね。そしたらソフィアは屋敷でやることがなくて、城下街に出ることになるものね。」
てっきり連れていくことは確定しているものだと思っていたけれど、考えてみたらソフィアがあの家に来た描写なんてなかったし、連れて行かない方がいい理由ばかり浮かんでくる。
「い、いや姫の目が届かないところにソフィア様を置いていくのはやめといたほうがいいんじゃない。それに、そしたらカティのお母さんもついてこれないし、警護の人数も考え直さなくちゃだし。」
「そう? でも、やっぱり置いていった方がいいと思うのだけれど。」
「でもリリィ様、置いていくにしても当主様にはどう説明するのですか? それにアンナ様にも事情を聞かれると思いますよ。」
「そ、そうね。お母様に説明するのは面倒ね。そこまで言うのなら一緒に行くことにしましょう。」
「それがいいと思うよ。」
「まあそれも来週のことですから、今は明日の予定について詰めませんと。」
~~~
明日、どの店に行くかなどを話し合って今日の集まりは解散した。いろいろ言ってはみたものの明日を楽しみにしている自分がいる。子供のころから、友達とは無縁の人生だった。セシリアたちと買い物をすることはあってもやっぱり主従関係が足を引っ張り、友達と買い物をする雰囲気ではなかった。
ソフィアは義妹ではあるものの一応ほとんど対等な関係という意味では友達みたいなものだろう。あんな意地悪をしてしまったからソフィアがどう思っているかは定かじゃないけれど、表面上は楽しみにしているようだった。明日は、いろんなことを忘れてソフィアと二人、お出かけを楽しむことにしよう。
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